山姥と蕎麦の茎

山姥と蕎麦の茎

■所在地佐賀市三瀬村
■登録ID1340

 むかし、この村に利口な兄と薄ノロで馬鹿正直な弟がおったてったん。
 ある日、両親が山さいでかけた留守に、ヤマンバ(山姥)がひょっこい家に入ってきて「父ちゃん母ちゃんは、おらんとな。何かうまかもんば食わせんかい」て言うたて。
 利口な兄が「何も食うもんはなか」て言うたぎと、
 ヤマンバは 「そんなら、お前たちば食おうだい」て言うて、近よってきて、つかまゆうでしたて。
 兄弟はびっくいして、裏山さい、いちもくさんに逃げて、柿の木ぃよじ登ったて。
 そいぎと、ヤマンバは柿の木の下まで追うてきてから、兄弟ばにらみあげて
 「お前たちゃ、どぎゃんして柿の木い登ったかい」てどなったて。
 利口な兄は、柿の木のてっぺんから見おろしながら、
 「おどまあ、足のうらに油ばぬって登ったたん」て、すらごと言うたて。
 ヤマンバは「そうかい、そうかい」て言うて、兄弟の家にいたて、足に油ばべったいぬってきて、柿の木に登ろうてしたて。そいばって、油つけとんもんじゃ足のツルツルすべって登られんてっじゃん。
 そいば見よった薄ノロの弟が 
「鉈で柿の木ぃ傷ばつけて登らんな」て、いらんことば言うたて。
 そい聞いたヤマンバは、早速、鉈ばもってきて、柿の木い傷ばつけながら、てっぺんめがけて登いはじめたて。                          
 兄は、だんだん登いつめてくるヤマンバば見て、こりゃあ、大ごてえなったと心配して、目ばつぶいながら
 「天道さん、お天道さん。かねの鎖ばおろしてくんさい」 て、口ん中で唱えて、お祈りしたて。
 そいぎ、不思議なことにゃぁ、空の上から、ジャラ・ジャラ・ジャラッて大きな音のして、かねの鎖のおりてきたてっじゃん。兄弟は、そのかねの鎖に飛び移って、空の上さい登いはじめたて。
 もう一息でつかまえらるって思うて、ヨダレたらしとったヤマンバは、空高ぅ逃げていく兄弟ば見て、くやしゅうしてたまらんもんじゃ、目ばむくいじゃぁて、
 「おーい。お前たちゃぁ、どぎゃんしてその鎖に登ったきゃぁ」
て、大声でどなったて。
 そいぎと、薄ノロの弟が
 「お天道さんに、鎖綱ばおろしてくんさいて頼んだたい」て言うたて。
 ヤマンバは 「何て言うて頼んだかい」て聞いたて。
 そいぎ、弟はまた、「お天道さん、お天道さん。鎖綱ばおろしてくんさい。て言うて、兄ちゃんが頼んだたい」て、得意になって教えてしもうたて。
 ヤマンバは、弟の教えたとおりぃ「お天道さん、お天道さん。鎖網ばおろしてくんさい」て祈ったて。
 そうしたいば、幸いなことに、くさり綱はくさり綱でもかねの鎖鋼じゃなしい、わらの腐り綱のズルズルズルッて、おりてきたてっじゃん。
  ヤマンバは、しめたって思うて、うろたえてその綱に飛び移ったて。そいぎ、そのとたんに、綱はブツンて切れてしもうて、ヤマンバは柿の木のてっぺんから、真っさかしいなって地べたに落っちゃえたて。そうして、そこにあった大石で頭ばしたたか打って、血ばふきぢゃぁて死んだて。
 二人の兄弟は、そいで助かったぼって。そこに生えとった蕎麦の茎が、ヤマンバの血で真っ赤ゃ染まったて。 蕎麦の茎や、もともとは青かったばってん、そんときからいまんごと赤うなったてったん。  そいばっきゃ。

出典:三瀬村誌p.686〜687