直茂公銅像園 | さがの歴史・文化お宝帳

直茂公銅像園

所在地 佐賀市神園四丁目4-3宗智寺(上多布施東部)
年代 近代
登録ID 1891

出典資料から記載

【由 来】
 藩祖鍋島直茂は、晩年に上多布施(多布施四丁目)に隠居所を設け、ここで亡くなったが、その子勝茂の遺命によりここに寺院を創設し、直茂の法号に因みて「日峯山宗智寺」と称した。
 直茂の盛徳を追慕した旧藩民有志が、この寺の境内に銅像を建て、大正13年(1924)11月9日に除幕式を挙行した。(『佐賀市史下巻』による)それからここを銅像園と称した。
【思い出】
 銅像前の広場で市内小学校の連合運動会も開かれた。銅像の南側には、多布施川の水を引いた 50メートルプールも作られたが、有料であった。神野小学校の児童も体操(今の体育)の時間に 水泳練習に連れて行かれたこともある。旧制佐高(現佐大)の水泳部もここで練習し、全九州中学校水泳大会も開かれたこともある。
 このプールは、底がコンクリートでなかったので砂がたまり、蜆貝が棲息するようになり、近くの子どもたちは、カイツブリのようにもぐって蜆貝を盛んにとったものである。
 銅像は、太平洋戦争中に供出され、プールは埋めたてられて、寺の周辺は住宅が密集し昔の面影はない。
出典:・神野p.169・佐賀市史下巻

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