今泉蟹守先生歌碑 | さがの歴史・文化お宝帳

今泉蟹守先生歌碑

所在地 佐賀市大和町大字川上3881(健福寺)
登録ID 2218

出典資料から記載

昭和55年(1980)9月に、健福寺境内に今泉蟹守先生歌碑建設委員会で歌碑が建立された。
歌碑には、「渋柿のうまくなる世とまつほとに 身は老にけり木のもとにして」と刻まれている。
碑文は次のとおりである。
先生(本名隼太、屋号鞆屋、雅号御蒼生地)は、文政元年佐賀城下に生まれ、永年、大和町大願寺に在住、藩主直正公(閑叟)に任える一方、県下北部各地に学塾を開き、和歌、国文学の深き造詣を以て、郷土の青年子女を薫陶した。その顕著な業績は佐賀藩中、右に出るものがない。
先生は性情温厚にして廉直、交際を好まず、国学の真髄を伝え、二条家の和歌を振興した。筆蹟もまた逸品と称せられる。就中、業績の最大なものは「類題白縫集」とされ、時代を貫く藩歌人作品の集大成として、全国的に評価される。
碑面の歌は金立在の貧困時代に遺したもので、質実素朴の中に国民の指向すべき歩みを翹望している。
以上、教育、文学両面にわたる偉業を顕彰せんとして、その菩提寺健福寺に歌碑一基を建設した。幸いに県内外各位のご協賛を得て竣工を見たことを多謝する次第である。
昭和55年9月吉日
今泉蟹守先生歌碑建設委員会 中原勇夫識
出典:今泉蟹守先生歌碑碑文

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