池上の浮立 | さがの歴史・文化お宝帳

池上の浮立

所在地 佐賀市大和町
登録ID 2288

出典資料から記載

 池上浮立については平野浮立と大同小異である。池上浮立については何の記録もないのでその起源は不明であるが、同地区の永渕喜六民らの話によると少くとも100年以上を経た古いものであるということである。池上浮立は嘉瀬から伝わったものといわれ、さらにそれが久留間へ伝わったという。池上は昔から水害が多かったので水害除けのため水神様に奉納していたものである。水神様はもと川のそばにあったが大正年間(1912~1926)に今の天満宮に移されたものである。近年はこれに家内安全、五穀豊穣の祈願をこめていることは他地区と変らない。したがって昔は池上にある水神さんの前だけ浮立を打っていたが、いつ頃からか地区内の社寺、区長宅、有志、新築したもので所望する所に打つようになったという。池上浮立ももともと天衝舞であったがいつの間にかこれが踊り浮立に変わった。
 浮立は毎年小路回わしで2小路ずつがその世話をすることになっており、その世話元を「ほんつう」と呼んでいる。ほんつうは平野地区の「つぶそ」に当たり、小路中から1戸が選ばれるが、これは新築の家とか、年長者のいる家があてられる。浮立に要する一切の道具はここに保管されている。浮立に出演するもので「浮立団」が組織され「奉行」という役目の人がその頭取をする。その奉行は30才の男子2名と定っていたが、現在は30才以上の男子であればよいことになっている。奉行は世話方の方で奉行仲間の者から選定する。
○ 構成
池上浮立は青壮年の男子に小中学校の男女児も加える。構成は平野の場合とやや異なるので簡単にあげておこう。
○奉行2名、陣羽織に陣笠をかぶり鉄の棒を持っている。
○つづみ打ち2名 裃をつけ鼓を打つ。
○しめしかぶり2名、しめ太鼓を打つ者で菅笠をかぶり顔をかくす。角帯をしめ白足袋で高下駄をはいている。食事の時は奉行とともに座敷でする。昔は高御膳であった。
○中鉦、小学校上級生と中学校下学年の男子で着物の上にたっつけ袴を着け中鉦を打つ。
○もりゃーし、中学校上級の男子でたっつけ袴で頭にかぶとをつけもりゃーしを打つ。
○鉦打、青年男子が当たり、浴衣に脚絆、わらじ掛けでたすきをし、花で飾った菅笠をかぶる。
○銭太鼓、小学校下学年男子が当たり法被をつけ、小さな太鼓を叩く。
○あや竹、小中学校女子全員竹筒の中に一厘銭を入れ色紙で飾ったものを持つ。
○傘鉾、長い棒に女の丸帯を2本かける。
○その他大太鼓は壮年の男子が当たり、笛は壮、老年の男子が当たっている。(以下省略)
出典:大和町史P.825〜826

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