良源寺(高野岳) | さがの歴史・文化お宝帳

良源寺(高野岳)

所在地 佐賀市富士町大字関屋1944-2
登録ID 2752

出典資料から記載

 宗派 真言宗醍醐派 本尊 高祖弘法大師
由緒 「人皇五十二代嵯峨天皇之御宇弘仁十二年辛丑之秋大師行脚之際於当山鎮心持戒之折天女出現有八葉九尊之相曼茶羅石与大師仍大師於該秘石上修浄法臨発自身刻石像為法城鎮護遣給石像之礎石者共時与天女祕石也云云然矣」この古文は、奥之院高祖弘法大師の尊像(石仏坐像高さ1m余)の右下石面に遺され、今では風化して数十字が判読されるのみである。そもそも当山は神仏混合に依り、同一境内の白山大権現修験道即ち天台に属して第36代を経て明治の初期に至る。其の間第34代の玉泉坊、災火に合い、一切を全焼して古文書類の他何物をも残さず。大正の始め、真子弥三郎という行者の後を受けて、生国四国の浦川良源氏入山して寺堂を建立良源寺と号した。時に昭和38年6月30日当地区を急襲した集中豪雨は当寺の建造物家財一切を濁流にのまれるという災害を与えた。しかし昭和40年春、遠近信徒の懇念によって本堂、庫裡再建、全く大師遺徳の然らしむるところという外はない。
出典:富士町史下p.408〜p.409

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