佐賀戦争における蓮池隊 1

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佐賀戦争における蓮池隊 1

■所在地佐賀市蓮池町
■年代近代
■登録ID349

明治7年1月、参議兼司法卿江藤新平は征韓論主張に敗れて薩摩の西郷隆盛等と共に職を辞し帰郷した。旧士族江藤新平を迎えた佐賀においては、江藤を支持する朝倉弾蔵、中島鼎蔵その他が同志を募り征韓党と号し、政府に建白書を提出すると同時に、征韓党趣意書を配布して全国の同士によびかけた。かくするうちに日を追ってこの論盛んとなり、その党に集まるもの2.500名に上り、遂に県金庫を掠奪し、県官の命令を聴かず、県官吏が庁舎を棄てて赤間関に遁るゝに至った。
一方、前秋田県令島義勇もまた、官を辞して帰郷し、「君側を清くするがために現政府を倒すベし。」と主張した。これに賛同する者1.500名に達し憂国党を称した。
征韓、憂国両党の主張には多少の差異はあったが、現政府を倒そうとする点は同じであり、ここにおいて斡旋者があって両党は固く結び檄を遠近に伝え、旧三支藩は勿論、武雄、多久、諫早、久保田等の各邑の有志にも加担を求めた。

出典:芙蓉P.79