銅鐘 建久七年十一月ノ銘アリ  一口 | さがの歴史・文化お宝帳

銅鐘 建久七年十一月ノ銘アリ  一口

所在地 佐賀市大和町大字川上 健福寺
文化財指定状況 国 重要文化財
文化財指定日 昭和25年8月29日
登録ID 5336

指定文化財

川上の山麓近くの佐賀平野を一望に見下ろすことができる高所に建つ健福寺は、和銅年間(708~715)に行基が創建したという古刹で、現在は真言宗御室派の寺院である。
鎌倉時代初期の様式をもつ和鐘で、竜頭(りゅうず)は双頭式(そうずしき)で方柱をかみ、鐘身部(しょうしんぶ)は袈裟襷文(けさたすきもん)で4区に区画され、笠形(りゅうけい)をはじめ上・下帯、池の間いずれも無文である。上方4区の乳の間に各4段4列計64個の乳をうえている。
撞座(つきざ)は竜頭の長軸線上にある新式の位置にあって、複弁八葉の蓮華文(れんげもん)である。口径は47.3センチメートルで鎌倉時代の平均口径64.0センチメートルに比べて小型である。総高83.8センチメートル、鐘身高68.0センチメートルで丈長である。乳や袈裟襷文(けさだすきもん)その他竜頭、撞座の陽鋳技術は幾分雑で、全面に肌荒れがしている。
建久7年(1196)の銘文が、中央部分の池の間に線刻されており、鎌倉時代初期の鋳造とわかる。この梵鐘は県下で現存する最古のもので、次期の肥前鐘出現までの遺例として価値が高い。
鐘身に次の線刻がある。

肥前國山田西郷 真手山奉鋳洪鐘壱口 右且為令法久住 且為法界衆生 奉鋳洪鐘矣
建久七年丙辰十一月十九日甲午
満山大衆 定西 睿秀 蓮生 永舜 長勢 良祐 聖舜 大檀那散位笠時貞 鋳師秦末則 伴兼経 笠貞茂 源守直 平助国 伴季忠 藤原道宗 藤三郎 貫首藤原真保 伴兼信 酒井貞経

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