高尾美少年の墓

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高尾美少年の墓

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■所在地佐賀市巨勢町高尾小路
■年代近世
■登録ID683

昔、高尾に龍造寺政家公のお小姓で中島山三という者が住んでいた。年は13・4の女にしても見まほしい美少年であった。ふとしたことから佐賀市辻の堂、百武武次郎という武士と契りを結び一夜を明かした。その後、武次郎は山三の登下城には、道筋の橋側に待ち受けて見送りなどし、その仲はいよいよ深まった。
『肥前夜話』には山三の風情を「顔は面長で透きとおるほど色が白く殊にふっくりとした淡いバラ色の頬の辺りなど触れなば溶けんかと疑われるばかり、目は黒瞳がちで睫毛が長く物を見るそのまなざしは言うべからざる一種の温かい情がこもっている。それに鼻筋通って花英(はなぶさ)のような美しい唇、背たけもまたすらりとして、服装はといえば紫曙染の大振袖に朱色の下着、茶宇の袴を穿ちて黄金造りの大小を帯びたる、その姿の凛々しくもまた気高さ…」とある。
ところが、2年経て山三は政家公のお伴をして上京のさい、船中で不幸病魔におかされ死亡した。遺骸は竈王院境内に葬られた。『肥前夜話』に「古今無双の美少年山三逝いて春風秋雨三百年、雑草茫々の中に碑石苔蒸して淋しく跡弔う人もなく…」とある。

出典:巨勢P.30巨勢町見てあるきP.22

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