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「大和町」「遺跡・史跡・跡地」「遺跡・史跡」は16件登録されています。

  • 男女神社西南円墳

    小形の竪穴式石室の中から位至三公鏡が出土し、古墳時代中期の築造と考えられる。現在は蜜柑園となりその跡は見られない。

  • 礫石古墳群

    森の上古墳の北方に当たる段丘上に、横穴式石室の円墳が数10基あったが、密柑園造成のために今は見られない。4基の円墳に円筒埴輪、1基に馬形埴輪を配置していたことが、その破片の出土から確認された。この古墳群からは鉄刀、刀子、鉄鏃、鉸具(くつわ)、勾玉、管玉、小玉等が発見されている。

  • 男女神社東方古墳群

    標高90から130mくらいの丘陵上にあったが、今は見られない。ここでは67基の横穴式石室の小円墳が確認され、その中の8基は複室を持っていた。副葬品としては六獣鏡、管玉、鉄刀、刀子、鎌等が発見されている。封土上には須恵器を割って捨てたらしい跡が見られたので注目され、墓前祭が行われたのではないかと考えられる。ここから出土した甕(須恵器)が祐徳院博物館に保管されている。

  • 星熊山古墳群

    巨石を使った横穴式古墳が4基確認されているが、いずれも盗掘されている。

  • 野田山古墳群

    蜜柑園造成のためなくなったが、竪穴式石室の古墳も含まれていたようで、円筒埴輪や馬形埴輪が発見されているが、副葬品は不明である。

  • 東古賀遺跡

    東古賀遺跡は脊振山系の南に拡がる標高11〜12mの平野部で大和町の東端しに位置し一部は旧佐賀市と接している。 遺跡は平安時代中期、中世の遺構が主体である。また調査区内には古代官道が東西に走るが、中世後期以降に堀状として大きく掘削されており、関連する遺構は検出されていない。官道が中世に堀状に掘削されていた例は西の鍵尼遺跡の数箇所で確認されている。平安時代の遺構は掘立柱建物跡、小型な竪穴住居跡、井戸跡、...

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