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「大和町」「物語・いわれ」「物語・四方山話」は17件登録されています。

  • 高城寺伝説

     このお寺の開祖といわれる順空和尚(後の円鑑禅師)の父がある夜夢を見た。1人の沙門がきて、「しばらくお宿をお借りしたい」としきりに頼むが父は「いやだ」と受け入れなかった。父が「あなたはどなたですか」と尋ねると「私は寂照法師というものでございます」といったところで夢がさめてしまった。やがて順空和尚の母がみごもったが、父母は仔細あって京都へ上った。備後(岡山県)と安芸(広島県)との境の所で天福元年(...

  • 乙文殊宮とたもと石

     通称「もいっさん」と呼ばれ、入学や就職試験の願いごとで親しまれている乙文殊宮は文殊菩薩が祀られ、文殊菩薩を祀った神社は全国でも珍らしいという。この神社の創建には次のような伝説がある。  時代はいつごろかわからないが、実相院の竹内坊に文殊さんが祀ってあった。この竹内坊の玄関先に大きな石があり、住職が「この石さえなければ………」掃除をするのに楽だとか、庭のかっこうがどうなるとか、ことごとに愚痴をこぼ...

  • 円山と鎧岩

     鎮西八郎為朝は源為義の8番目の子で小さいころから豪胆不敵、傍若無人に振舞うという暴れんぼうであった。  そのためか父の不興を買い13歳の時九州に追われ、後で肥後(熊本)の阿曽忠国の婿となった。剛弓で有名だが、その為朝が九州へ下向した時のことである。為朝は7尺5寸(約2.3m)の弓を持ち、黒羽の矢で、高さ1丈3尺(約4m)、幅1丈余(約3m)の円山鏡石をめがけて射的の練習をしたという。弓を射た場所は川上川をはさ...

  • 母恋雨蛙(子どもに聞かせる民話)

     空がどんよりと曇って今にも雨が降り出しそうになる初夏のころになると「キャフ、キャフ、キャフ」というように悲壮な声を出して雨蛙が鳴きます。雨蛙が生まれた時はすでにお父さんはなくお母さんの手で育てられていました。ひとりっ子の雨蛙は甘えん坊でわがままで、お母さんをたいへん手こずらせました。お母さんが「こっちへおいで」というと向こうへ行くし「これは食べてはいけない」というとむやみに食べようとするし、...

  • おば捨て山

     昔、ある村では年寄りになるともう役に立たないというので、おば捨て山へ捨てられていた。その村で年老いた母をいよいよ山へ捨てに行くある家があった。その老母をその息子と孫の二人で、もっこに乗せて山へ連れて行った。山にさしかかると、その老母はもっこから片手を出して、少し進むごとに木の枝を折り曲げた。なぜそうするのか息子は不思議に思いながらも別に気にも止めなかった。  やっと山の上へ着いて老母を下し、帰...

  • お釈迦さまのお見舞

     お釈迦さまの病気が重いと聞いて、世界中の鳥や獣や虫達がお見舞いにやって来た。雀は何のおしゃれもせずに、なりふり構わないで真先にかけつけた。お釈迦さまは大変喜んで「お前はなりふり構わず真先にかけつけてくれたから、人間と同じ米を食べてよい」と言われた。それから雀は米を食うようになった。つばめはびんつけ、かねつけしていたので遅れてしまい、得意の物凄い早さで飛んで行ったけれども、お釈迦さまは「お前は...

  • 今山の戦

    元亀元年(1570)、龍造寺隆信は、来襲した豊後大友氏の軍勢を今山(佐賀市大和町)で破った。龍造寺隆信を一躍、戦国大名にのしあげた合戦である。また、鍋島信昌(のち佐賀藩祖鍋島直茂)の実力を大いに認めさせた戦いでもあった。佐賀の桶狭間とも称されている。元亀元年(1570)8月中旬になって大友宗麟は大友八郎親貞を総大将として包囲軍を統率させ、佐賀城総攻撃は8月20日(陽暦9月29日)と定まった。 佐賀城でもしばし...

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