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[佐賀市][本庄校区][神社仏閣][仏像]は6件登録されています。

  • 梅林寺(庵)観世音菩薩立像

    梅林庵山門外の堂宇に観世音菩薩の立像が安置されていた。これが文政11年(1828)の大風で堂宇と共に吹き倒され損壊し、50年以上過ぎてもそのままであった。明治14年(1881)に信徒の2人が発起・協力して立像を修復し、本堂の一隅に仮安置していた。このことを知らずにいた信徒衆が、昭和の中頃に立像を見つけ出した。ところがこれに仮安置までの経緯が記されており、終わりに後世へ堂宇の再建を促してあった。発起した先祖の意を...

  • 寳持院跡西川内観音堂と観音像

    西川内公民館児童遊園地に接して観音堂があり、千手観音像が安置されている。これは、廃寺となった寳持院の一部と考えられる。今まで地域の有志で維持・管理と祭祀が続けられてきている。平成7年(1995)、公民館と併せて観音堂も改築され、千手観音像の修復も行われた。観音像の詳細は、誰もが知らずにただ崇拝だけは途絶えることなく続けられてきた。これの修復の機に観音像の底部に墨書が判明、像の詳細を知ることが出来た。 ...

  • 本庄神社刻像弁財天

    神殿裏側に、文政13年(1830)刻銘があり、琵琶を抱いた像を彫った弁財天の石祠がある。 弁財天は、河沼の水辺に祀られ水の神として信仰された。しかし、土地を沃する五穀豊穣の神格は、わが国古来の食物の神である宇賀神と同神となり、また、市杵島姫命と習合して崇敬されていた。福徳神として江戸時代には七福神の一員となって信仰され、音楽や弁財を司る神として妙音天とも称され、琵琶を抱いた尊像も造られて花街の女性の信仰...

  • 本庄神社閑叟公の地蔵さん

    社殿の西側に舟形光背を負い、蓮華座上の半肉彫像の地蔵菩薩が方柱石上に安置されている。 この地蔵さんに昔話がある。 10代藩主鍋島直正公が、幼少の頃、父君について本荘の宮へ祈願に来ていた時に境内の池の側の地蔵さんの頭にのり、飛込んで水遊びをしたそうで、晩年この地蔵さんにお詫びに祭田4反歩を寄進して丁重に祀られたという。以来閑叟公の地蔵さんと呼ばれている。

  • 寒若寺と薬師如来

    【宗派】曹洞宗 【山号】酒袋山 【本尊】薬師如来 寺伝では、奈良時代の高僧・行基が開山で聖武天皇の命による国家安穏の勅願所であった。奈良時代、九州各地に流行病や災害が絶えなかったので、行基は、楠1本から7躯の薬師如来像を刻み、川副七か寺に安置し、祈念した。川副庄一木七佛薬師如来である。 この内の一佛が寒若寺の本尊となっている。薬師如来を中心に、左右に日光、月光の脇侍菩薩と十二神将が配してあり、今も...

  • 慶誾寺銅造地蔵菩薩立像

    本体は一鋳造り、台座に差し込んで鉄釘2か所で留める。台座は前後合せ型。本体右袖の下方に型持の銅釘を2か所確認できる。体内に薄く中型土(なかごつち)が残り、像表側は灰色、芯側は肌色を呈す。頭部内の中型土(なかごつち)は一部除去されている。錫杖柱は右手を通し、台座の穴に差し込む。錫杖頭は銅板切抜、錫杖柱は鉄製。頭光は肩に鋲3点で留める。頭光は界線を二重に陰刻し、左右と頂に計三つの宝珠を毛彫で陰刻す...

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