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[佐賀市][赤松校区][指定文化財][絵画]は4件登録されています。

  • 絹本着彩与賀神社縁起図 一幅

    与賀神社縁起図は、延宝6年(1678)に佐賀藩2代藩主光茂夫人から奉納寄進されたものである。絹本着彩天地2.17メートル、幅1.65メートルで、筆者は永松玄偲である。 社伝にもとづき、神を感知してから社を創建し、御神幸が行われるまでの過程を、物語風に展開した画面構成となっている。画題は建物・人物・山川・樹木の4種からなり、人物をはじめとして、描写は細密で、画面の構成も整っており、大和絵風に描写されている。 筆者の...

  • 山水図襖 谷文晁筆 十二面

    この図は、江戸時代後期の代表的な画家で、関東画壇に君臨した谷文晃(ぶんちょう)(1763~1840)が描いた、超大作の山水図である。 構成は、右端の背の高い松のある岸辺からはじまり、奥に陸地のみえる広々とした湖水、湖水に浮かぶ島、左端に握り拳のような山を中心とした陸地へ続いて終わり、空間を広くとり、景観はゆったりと配置されている。要所に家や人物を配し、徐々にモチーフを充実させ、拳のような山で最高潮となる構成...

  • 矢調べ 岡田三郎助筆 一面

    「矢調べ」は、明治、大正、昭和にわたり、東京美術学校西洋画の指導者として、また、文部省展覧会にはじまる官設展などの審査員として、日本近代洋画史におけるアカデミズムを代表した岡田三郎助(1869~1939)が、明治26年(1893)に制作した記念碑的な作品である。 岡田が本格的に洋画を学ぶのは、鹿児島出身の曽山幸彦(1859~1892)の画塾に入門してからで、この画塾において、岡田は曽山からは主に人体写生を学び、曽山没後は画...

  • 紙本著色龍造寺隆信像 一幅

    龍造寺隆信(1529~1584)は、現在の佐賀城付近を根拠地とした龍造寺一族のうち、分家水ケ江龍造寺氏の周家の子として生まれた。8歳で天台宗宝琳寺で出家したが、天文15年(1546)に水ケ江龍造寺氏の当主家兼(剛忠)が没したので還俗して家督を相続、天文17年(1548)には宗家の家督も相続した。 天正6年(1578)には有馬氏を降伏させ肥前を平定した後、近隣諸国へ戦いを拡大し、勢力範囲は筑前、筑後、肥後、豊前にまで及んだ。 隆信の...

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