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[佐賀市][北川副校区][民俗・芸能・習俗][行事]は8件登録されています。

  • 伊勢神宮参詣

    伊勢神宮は皇室の祖神として祀られ、一般の者は近寄れなかった。江戸時代になり、一般の参詣(さんけい)が出来るようになるや、一生に一度は伊勢神宮に参詣するものという事が全国的に広まり、各地域で伊勢講(お伊勢参りの積立金)が始まり、毎年何名かが交代で参るようになった。 農閑期になると村中の者がその年の講元の家に集まり、参詣する者を地区の社で道中の安穏を祈念して皆で見送った。参詣に旅立った家に居る時と同...

  • 英彦山(ひこさん)詣

    英彦山は福岡県と大分県の境にあって国定公園に指定されている標高1,200mの山で、古くから山伏の修験道場として知られていた。 山嶽宗教が華やかな頃は、3,800余の坊堂が建てられ、多くの僧兵を擁して勢力を振っていたが、明治に入り神仏の分離に合い、その勢も衰えたが、大正時代になっても、その山嶽宗教はそのまま残り、九州一円に檀家を持って年に1度、檀家坊から檀家の祈祷に参り、よく家にも宿をとられて親達がもてなして...

  • 金立神社参り

    金立山にあるお宮で祭神は保食神(うけもちのかみ)、徐福神等が祀られている。有明海の干拓が進み、農作の神として尊敬され、鍋島家の雨乞い祈願も行なわれたため、雨の神様として、佐賀の農家では、田植が終るとほとんどの村が、地区毎に参詣(さんけい)をして境内でおこもり(酒盛)をして1日楽しく過した。一種の農村のレクレーション行事でもあった。灌漑が機械化して来たり、戦後の神離れ傾向で今では、集団参拝は廃れて...

  • 綾部神社参り

    綾部神社は中原町原古賀にあり、祭神は、応神天皇、神功皇后、住吉大神、武内宿禰、風神(級長津彦神、級長戸部神)で風の神様として有名である。水田の仕事の合間をみて九州一円よりの参詣(さんけい)者があり、7月15日の夏祭りを旗上げ祭りと名付け、境内にある大公孫樹(御神木)に真竹の先に麻の旗をくくりつけて上げ、その旗の巻き具合で、その年の稲の出来ばえや、大風が吹くか、吹かないかを占うようになっている。10月...

  • 風浪神社参り

    12月の末には大川市にある風浪神社に、地区中で参っていた。佐賀線がなかった頃は、諸富の渡し舟で渡り、神社の境内では、佐嘉神社の祭礼のように露天店がならび、見せ物小屋が建って賑やかに客を呼んでいた。帰りには風邪引の薬になるといって串に差した吊し柿を買って来るのが習わしになっていた。これも昔の懐しい思い出の一つであった。

  • 御日待

    師走の15日におひさまに感謝する、御日待の行事があっていたが、ほとんど中止されて、今では何地区かで行われているのみである。

  • ほんげんぎょう

    呼び名はどんと・どんとやき・さぎちょう、九州では鬼火焚きなど、いろいろな名前がある。火の気の行と言い、天台密教の法華行(ほっけぎょう)からの説もあるが定かでない。 正月7日に門松やしめ縄等を持ち寄り、村のはずれ等で焼いていた火祭り行事で、この火で焼いた餅を食べると1年間幸せであるといわれており、以前は各地区で実施していた。 しかし、昭和53年からは北川副小学校PTAや農政協議会が主催し実施をした。 その...

  • もぐらうち

    正月14日、地区中の子どもが集り、モグラ打ちをするのも、楽しみの一つだった。高等科の生徒の先導で、竹竿の先に藁を細縄でしばったモグラ打ちを持って、1軒1軒門先をたたき、歌を唄いながら廻って、餅や小銭(5銭、10銭)をもらった。終るともらった餅や銭を分けてもらい嬉しかった。 「もぐら打ちの唄」 ♪ナレナレ柿の木 ナラズの柿をばナレとぞ言って 千ナレ、万ナレ、億万ナーレ 俺がチギッときゃ 畑の真中にナーレ ...

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