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[佐賀市][神野校区][人物][人物]は4件登録されています。

  • 吉田善吾

     西神野出身。海軍大将。明治28年(1895)3月神野小学校卒業、佐賀中学より海軍兵学校に進み、海軍大将となる。その間連合艦隊司令長官もつとめる。昭和4年(1929年)5月の神野小学校創立50周年記念式典のときは、海軍大佐で戦艦「陸奥」の艦長、卒業生を代表して祝辞を述べた。

  • 宮地嘉六

     小説家。明治17年(1884)6月11日生まれ。神野小学校を中退して仕立屋の見習小僧となりその後、佐世保の海軍造船廠の見習工施盤になり、それから呉、神戸、長崎、東京の大工場を転々とする。その間に文学に興味を持ちだし、堺利彦、幸徳秋水等の著者によって社会主義思想に近づき、呉海軍工廠のストライキで首謀者として投獄されたこともあった。初めは、所謂前期プロレタリヤ文学に属する労働者文学であったが、まもなく自由な...

  • 松平晃

     歌手。本名福田恒治。高岸(現多布施3丁目)に生まれる。大正13年(1924年)3月神野小学校卒業。佐賀中学に進み、昭和5年(1930年)3月卒業、東京の武蔵野音楽学校に入学、1年後東京音楽学校に入学した。在学中の昭和7年ポリドールで吹き込んだ「忘られぬ花」が大ヒット、翌昭和8年(1933年)3月、音楽学校を中退してコロンビアの専属歌手となる。そして、「サーカスの唄」「急げ幌馬車」「花言葉の唄」などの大ヒットで、コロンビア...

  • 開山桂巌禅師

     開山和尚桂巌禅師(1627(寛永4年)〜1710(宝永7年3.6))、信州は松本の出身で、祖先には足利尊氏の弟直義の幕下、淵辺伊賀守があり、また太田道灌が遠縁に当たるという家柄の出。12歳で出家して丹波の桐江庵、その時の師僧の示寂の後、熊野の山中や河内金剛山麓に見桃亭と号する禅室を結び、12年という歳月の後、鍋島丹後守光茂(佐嘉本藩二代)に請われ、佐嘉領内の臨済宗東福寺派の春日山高城寺に入寺。寛文7年(1667)42才...

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