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[佐賀市][勧興校区][物語・いわれ][物語・四方山話]は7件登録されています。

  • 十二日足と鍋島花杏葉

    松原神社・本殿前の燈籠には「十二日足」と「鍋島花杏葉」が並ぶ。

  • 武富一族の家紋

    武富一族の家紋は、弓と矢を表現した独特のもの。

  • かっぱの結納品

    「かっぱの結納品」?です。 松原川は、かっぱ一家が住んでいる(設定されている)がその中にこんなものがある。

  • 塚原旗店

    昭和3年・佐賀市中町(白山一丁目)の塚原旗店があった。 当時、まだ高級品で珍しかった自転車で配達をされていた。昭和になって白山で初めて、ネオン看板ができた。塚原旗店の日の丸がそうである。このネオンは、八幡神社からもはっきり見えたそうである。

  • 旧勧興公民館(昭和39年頃)

    旧勧興公民館は、風の日にはガタガタと揺れたものだった。 隣接して、消防の「火の見櫓」もあった。

  • 肥前三名物

    武富廉斎は、たいへんな親孝行であった。 当時、「肥前の三名物」として「川上の大楠」「長崎の南蛮船」そして「武富廉斎の親孝行」とほめ称えられた。

  • 義祭同盟

    嘉永3年(1850)、本庄町西川内の梅林庵(寺)で佐賀藩学者・枝吉神陽に薫陶を受けた志士が楠公父子像の御前において祭典を執行した。 これが佐賀勤王論の先駆けとなった「義祭同盟」である。 安政3年(1856)、執政鍋島安房が楠公像を遷し、楠公社を建立した。その後、明治13年まで毎年5月25日に厳粛な義祭が挙行された。 「楠公義祭同盟連名帖」には、副島種臣、江藤新平ら佐賀の多くの志士達の名前が記されている。

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