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「神社仏閣」「本庄校区」「その他」は5件登録されています。

  • 高傳寺盛姫のこより地蔵

    高傳寺庫裏2階の床の間に紙(こより)の地蔵さんが安置されている。この作者は11代将軍徳川家斉の28番の子盛姫で、佐賀10代藩主鍋島直正公(閑叟)に嫁して、文蕭夫人と呼ばれた。 「こより」は文蕭夫人が、つれづれに写経した何十万本の「こより」でこしらえたのである。像高は台座を含めて、約70cm程である。 一説には、父将軍家斉が天保12年(1841)に没した後、父の追善供養のため「こより地蔵」がつくられたものと言われて...

  • 観音寺鰐口

    本堂入口に掲げてある鰐口の銘文は次の通りである。  左側〜天保九年(1838)三月吉日   右側〜肥前國佐嘉郡本庄村灰塚村     施主人              大内籏  観音寺     江戸詰 男女      杉野 嘉兵衛      江口 丈右衛門      下村 又四良

  • 寒若寺半鐘(はんしょう)

    【品質】銅 【形状】鋳造 【法量】全高51.2cm 鐘高37.2cm 口径外31.0cm 口径内15.2cm 深39.4cm 【銘文等】                             {鐘座(つきざ)} 九州肥前國 佐賀郡     本願 神崎 利左衛門     諸行無情 川副庄 上江袋村         同  五兵衛      是生滅法 酒袋山 寒若寺 奉掛       増田 藤次       生滅人爲 半鐘 一口者也伏...

  • 寒若寺鰐口

    【品質】銅 【形状】鋳造 【法量】径26.0cm 【銘文等】 (前面陰刻銘) 「謹奉施入鰐口一掛 肥前 佐賀 河副 酒袋村 薬師御宝殿」 「奉○佛力致恭(か)敬(か)誠借(か)近里遠村之衆力鋳銅鰐口」 (後面陰刻銘) 「○○代卒○○座(か)却(か)眼十方檀那太膳(?)」 「                 千布左衛門 ○慶長十九甲○(寅か)十一月吉日 願主 津山四兵衛」 江戸時代 慶長十九年(1614)

  • 慶誾寺戦利品の手水鉢

    慶誾寺本堂前にある手水鉢は龍造寺隆信が天正8年(1580)2月13日柳川城攻略(隆信が筑後柳川城主蒲池鎮竝叛くにより、子鎮賢に攻めさせる。)の時戦利品として持ち帰ったもので、後日、母君(当寺の開基慶誾妙意大姉)追善菩提のため当寺に寄進したものである。

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