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「神社仏閣」「大和町」「神社」は25件登録されています。

  • 敷山神社跡

     礫石の柑橘園の中に「敷山神社御社殿遺跡」の標木が建てられている。 敷山神社は天保5年(1834)の創建で、龍造寺隆信、政家、高房を祀っている。明治6年(1873)佐賀市松原神社に合祀され、社殿は当初福島の妙見社に移されている。鳥居は鍋島町の蛎久天満宮及び久保泉町の白鬚神社に移し建てられている。

  • 乙文殊宮

     国道263号線沿いの都渡城文殊院前から約500m山を登った所にあり、通称「もいっさん」で知られている。乙文殊宮は文殊菩薩を本尊とする神社である。  文珠菩薩は知恵を象徴する仏であるところから、学生や試験合格祈願の参拝者が多い。  肥前古跡縁起に  「御神殿(河上神社)の東に乙大明神あり。本地文殊菩薩○の山にして、御神体は四方二丈許りなり。大石淀姫の乙の御妹にしておわしますとぞ申伝へ侍る。」  と記されて...

  • 男女神社

     今山地区の入口に建っている大鳥居は男女神社の一の鳥居である。ここより北へ進み今山地区の中程を左折し、蜜柑園にはさまれただらだら坂を約600mほど登ると社前に着く。ここにたてば佐賀平野を眼下に見下し、遠く有明の海を隔てて雲仙の山々が望見される。社殿の直前には横穴式石室を有する小円墳が覆土のとれたまま横たわっている。  男女神社の祭神はいざなぎ・いざなみの男女二神であるところから男女神社といわれている...

  • 梅野神社

    名尾川の清流をはさんで、松梅小学校と相対する所に古めかしいお宮があり、これが梅野神社である。このお宮の創立年代は不明であるが非常に古いことは周囲の神域とその風格が自から示している。  伝えられるところによれば、この辺一帯の地頭であった人が京都出身で、その氏神である梅宮神社(京都市右京区に現存)の分霊を祀ったのがその創立であるといわれる。松梅地区内では井手の天満宮と共に鎌倉時代の創立ではないかと思...

  • 松田茂久の墓と神変社

     江熊野の氏神である神変社の祭神は「役の行者」といわれ、社名も変わっているが、土地の人はここを「行者さん」と呼んでいる。慶長5年(1600)松田茂久が鍋島直茂に従い柳川に従軍して功績を挙げ凱旋してから、当時九州一の修験道場であった英彦山の分霊を祀ったといわれている。始めはここに行者堂が建てられ、山伏の修験を重ねていた所といわれ、今山の仏乗寺や於保の山法師原などはここと密接な関係があるらしい。大正時代...

  • 乙護社

     乙護社の祭神は乙護法善神で、天竺(印度)の主、徳善大王15番目の王子である。法力のために使役され、又仏法を守護するために示現する童形の鬼神を「護法」という。「乙」又は「若」というのは幼童的な名を表わす接頭語である。乙護法は神通自在の人で、龍馬に乗り、虚空を駈けて東方に去られ、天竺の鬼門に当たる脊振山にとびつかれた。(この山はこの時、龍馬が背を振って3度空に向かっていなないたので、これは瑞相だとい...

  • 八龍神社

     池上の氏神で八大龍王も祭神となっている。妙法蓮華経の開巻第一に、仏の説教を聞きに諸天龍が参列するが、その中に八大龍王すなわちナンダ・バナンダ・サガラ・ワスキ・トクサカ・アナバダタ・マナシ・ウパラが挙げられている。そしてこの第5番目のトクサカというのが、乙護社の祭神の1である徳善ではなかろうかと考えられている。トクサカは龍の一種で、乙護法が乗ってきたという龍馬そのものが、徳善という龍であったと考...

  • 山王さん

     山王に山王社があるが、これは天台宗総本山延暦寺の鎮守神である山王権現に対する信仰としてのお宮である。山王権現は俗に山王又は日吉権現などともいわれている。延暦年間(782−806)に僧最澄が延暦寺を開いた時、唐の天台山国清寺の山王祠の例にならい、比叡山守護の神としてここに山王の祠を建てたのが初まりだといわれる。山王はもともと霊山を守護する地主神をいい、山神の意味である。山王権現は中世以降天台宗にゆかり...

  • 貴船神社

     西山田の鎮守である。京都市左京区鞍馬貴船町にある貴船神社が本社でそれを勧請したものであろうか。祭神はクチオカミノ神で、この神は水の神である。雨乞いと止雨に霊験があるという。

  • 諏訪神社

     今山にある。建御名方富命・八坂力売命が祭神で、全国諏訪社の総本社は長野県諏訪市にある。建御名方富命はこの諏訪地方を開発した神といわれ、我が国最古の神社の1つである。諏訪大明神とも称され、信濃国の一の宮として、又狩猟、農耕などの神として崇敬されている。

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