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「神社仏閣」「本庄校区」「彫像」は2件登録されています。

  • 梅林庵楠公父子の像と義祭同盟の発起

    寛文2年(1662)、佐賀藩士だった深江信渓は、楠木正成・正行父子の忠孝を鑑として広く顕彰すべきと発起し、父子が桜井の駅での別れの時の鎧姿の像を京都の仏師に刻ませた。 翌3年、完成した父子像を北原・永明寺(大和町・廃寺)に安置し祭祀した。父子を祀ったのはわが国で初めてであった。 天明(1781〜88)の頃高傳寺に置かれ、文化13年(1816)、梅林庵に移された。これを知った「日本一君論」を主唱する国学者枝吉神陽が、嘉...

  • 本庄神社楼門の猿

    慶長17年(1612)8月鍋島直茂が本荘の宮の社殿を新に造営すべく脊振山や北山から桧材を出させ、国内の名匠を集めて、造営させた。特に楼門は当時名匠の聞えある多久田の番匠(詫田の万乗)の作だと伝えられている。 この楼門の上に置かれた2匹の木彫の猿はさながら生けるがごとく、見る者がほめぬ者はなかった。しかるにこの宮が新に造営されて以来、不思議な事が続いて起った。それは付近の田畑が荒される事と、店先の菓子や果...

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