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「建造物」「巨勢校区」「碑」は3件登録されています。

  • 灌漑記念碑

    東分下の耕地は、巨勢地区でも土地の高い所で、踏み車で水田に水を汲み上げており、当時、毎日水田に灌水して維持していくのは並大抵の苦労ではなかったのです。踏み車を2段、3段と連ねての水入れ、朝は3時、4時から蚊に刺されながら、小学生までも動員しての車踏みが毎日、毎年繰り返されました。そのため多くの人手と労苦は大変なものでした。そこで大正10年に東分耕地整理組合を作り機械灌漑施設を取り入れる事業を始め...

  • 郡境石

    修理田一本松一の角340番地、佐賀郡と神埼郡との境界の石で高さ5尺4寸(約170cm)幅6寸5分(20cm)の四角の形をした石柱で264号線の旧道路横に建っている。

  • 売茶翁と顕彰碑

    東巨勢、龍津寺の名僧であった月海禅師は、姓は柴山、名は元昭で売茶翁または高遊外と号し、日本煎茶道の祖としてその道の人から仰がれている。 売茶翁は延宝3年(1675)佐賀市蓮池町西名の道えん(巨勢町東巨勢との境で諸富豆腐のすぐ東付近)で柴山杢之進の三男として生まれ幼名を菊泉と言いました。翁は11歳のとき龍津寺の化霖和尚の門に入りました。龍津寺は黄檗宗万福寺独湛の弟子化霖の開山です。翁は出家の翌年化霖に連れ...

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