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「建造物」「神野校区」「橋・井樋等」は6件登録されています。

  • 神園大橋

    多布施川にかかる橋で、神野校区の最も北に位置している。  都市計画街路で、若宮〜新村線。長さ17メートル、幅19メートル。  もとレンゲソウの咲いた田園も、今は新住宅でぎっしりと埋め尽くされ、西部環状線(国道208号線)まで空地がないほどになった。開通式は昭和55年4月21日に行なわれた。

  • 公園北橋

     多布施川にかかる橋で、もと「勝鬨(かちどき)橋」という木造橋であった。すぐ東が佐賀競馬場 で、馬が走る時は、わあわあ喚声がひびきわたり、勝鬨橋とはよくぞ名をつけたものだ。競馬場は 昭和41年統合されて、佐賀県競馬組合設立、昭和47年(1972)3月、鳥栖市江島町へ移転した。

  • 栴檀橋・新栴檀橋

    1 栴檀橋  多布施川にかかる橋で、橋脚は円柱石で15本。今は自動車通行を禁じている。両岸は橋名の因となるセンダンをはじめ、エノキ、カエデや桜並木で美しい。  左岸のすぐ南に栴檀井樋があり、その流れ「栴檀一号水路」に「こがわ(小川)橋」、仝二号水路に「せとくち(瀬戸口)橋」がある。  2 新栴檀橋  車時代になり、旧橋は危険だったので頑丈な新橋がかかった。すぐ西に神野公園バス停、その向かいに九州グリコ...

  • 昭和橋

     多布施川にかかる橋で、西に行けば、JRの鍋島駅。  この橋南の左岸に寺井樋があり、水路を東へ行けば、元大和紡績の西・南の川にも連絡する。 昭和橋より東、神野小学校南を通る路上の橋は皆、大正14年(1925)2月の架設で、神野村が佐賀市に合併したのは、大正11年(1922)10月1日である。

  • 長崎本線多布施川鉄橋

     多布施川にかかる鉄橋である。  鳥栖〜佐賀間は明治24年(1891)開通。平成3年が百周年記念。佐賀〜武雄間は明治28年 (1895)の開通。  鉄道南方の左岸に井樋があり、右岸は、天祐寺川に流れる可動式井樋がある。緑小路に多布施川の松並木を背景にした県立佐賀農学校があったが、大正11年(1922)杵島郡の白石に移転した。

  • 多布施橋

     多布施川にかかる橋で、神野校区の最も南に位置している。  南西に佐賀工業高等学校がある。西南の佐工井樋は、高岸地域に送水する。東南の橋の袂に幸蔵井樋がある。土手を下りた家では、大正の頃まで、水車で精米しており、小学校の遠足の折には、水車で精米する様子を物珍らしく見物していた。南方の松月旅館の堤防斜面に松の木2本が昔のまま残っている。松並木唯一の形見である。下れば新青木橋、その北西岸に青木井樋が...

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