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「建造物」「本庄校区」「橋・井樋等」は4件登録されています。

  • 周防殿橋

    周防殿とは、鍋島周防守清虎のことで、藩祖・鍋島直茂の従兄弟である。本庄町溝口に屋敷(館)を構え、ここに居住していた。後に子・道虎(生三)が、父の屋敷に建立した寺が静元寺である。屋敷に通じる橋を鍋島周防守清虎の周防守をとって「周防殿橋」と呼んだ。地元の人は「すっとんとんばし」と呼んでいる。

  • 法無乱橋

    昭和34年(1962)3月、佐賀球場が完成した。この機に小野哲一市長が「法無乱」と揮毫、石板に刻み、球場正面に掲げた。市長は、「法、無くんば乱れる」と読み、野球のホームランにあやかり、野球人、スポーツマンら多くの人々に教訓として示した。昭和37年(1962)、球場西に都市計画道路新設に伴い、萵苣木川に橋が架けられた。この橋の名称を、教訓として示された「法無乱」に因んで、時の宮田虎雄市長が「法無乱橋」と命名した。

  • 萵苣木橋

    大正12年(1923)、県道工事に伴い萵苣木川に架けられた橋。川の土手に萵苣木が植わっていたことから萵苣木川と呼び、これに架けられた橋を萵苣木橋とされた。地元では「ちやの木ばし」と言い、橋の親柱にもこのとおり刻まれている。

  • 十五縄手橋

    本庄町から西与賀町に通じる県道西与賀・本庄線の佐賀大学西側水路に架かる橋が「十五縄手橋」。大正12年(1923)架橋。本庄神社あたりの小字名で若村を「じゅうご(十五)」村と呼んでいた。ここに通じる長い真直ぐの道を十五畷、縄手(方言でノーテと言った)と呼んだ。これから「十五縄手橋」と名付けられた。

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