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「建造物」「神野校区」「その他」は7件登録されています。

  • 神野公園

     旧藩主鍋島直正(閑叟)公の別邸で弘化3年(1846)に造成された。一般には「神野のお茶屋」 と呼ばれていたが、大正12年(1923)3月に鍋島家から佐賀市に寄付され、公園として市民に開 放され市が管理することになった。公園には、多布施川の清流を引いて池を造り、小山を築いて四 季の植物を配した日本庭園と睡蓮池や展望台を備えた洋式庭園があり、動物園、こども遊園地、野外音楽堂、野生のトンボを観察できる「とんぼ...

  • 佐賀競馬場

     西神野(神園3丁目)に競馬場ができたのは昭和4年(1929)5月である。競馬場の総面積は11,000坪、馬場6,300坪、建造物570坪、走路1,000m、幅員16mで、その頃では九州屈指の模範競馬場であった。昭和14年(1939)までは毎年春秋2回の競馬が開催されたが、支那事変の拡大とともに馬の重要性が再認識され、昭和15年(1940)11月7日に軍用保護馬鍛練場となり、鍛練馬競馬が開かれたが、これはそれまでの競馬に比べて面白くなかった。昭和1...

  • 佐賀駅

    【旧佐賀駅】  九州鉄道(後に国有鉄道)の長崎線が、鳥栖から佐賀まで開通したのは、明治24年(1891)8月20日である。駅が愛敬島に設置された(今の駅より南へ約200mのところ)。  佐賀新聞は、当時の様子を次のように伝えている。「今回の開通式は実に佐賀はじまって以来の盛事なれば、式に臨む者は山のごとく、各村々からの見物人はアリのごとし。汽車は鉄笛一声、軽雷地に響き、鳥栖へ向けて進行を始めた。拍手と歓声は...

  • 川上軌道と馬鉄

     大正中期には佐賀軌道と川上軌道があったが、大正8年(1919)8月に両社が合併した。  佐賀軌道は、明治36年(1903)8月に創立し、その設備は品川馬車鉄道会社の使用していた軌条、車輌、馬具など一切を購入して、営業は翌37年2月から開始し、佐賀駅―諸富間の運行を行なった。  川上軌道は、大正元年(1912)11月に設立され、本社を三溝に置き、佐賀駅から川上都渡城(かわかみととき)の区間を営業した。その後大正5年...

  • 佐賀県農事試験場

     現在、佐賀市川副町南里にある佐賀県農業試験研究センターの前身佐賀県農事試験場が、草場に設置されたのは、明治33年(1900)のことである。場所は、佐賀駅北口前通りとはがくれ荘から三溝へ通ずる道路の交差点の東側で、その東北角の少し北に正門があり、その東側に建物や実習田、実験畑があった。  昭和25年(1950)、佐賀県農業試験場設置条例が施行され、佐賀県農業試験場と名称変更、同27年(1952)高木瀬村に移転した...

  • 神野劇場

     草場の徳島酒店の東側、今駐車場になっているあたりにあった。大正13年(1924)12月起工、翌14年(1925)7月竣工、落成式を挙行、初興行(柿葺落)には大阪俳優の実川新四郎、市川鯉三郎一座60余名の歌舞伎興行を行った。  昭和11年(1936)12月からは、東宝映画上映の映画館となった。しかし、東宝映画は昭和14年(1939)6月、松原通りに東宝映画劇場が開館されるにいたり、ここで上映されるようになった。 (昭和27年発行「佐賀市史...

  • 佐賀食糧事務所政府倉庫(旧農林省米倉庫)

    1 環境等 (1)環 境  JR長崎本線佐賀駅から東へ徒歩5分のところに位置している。設立当時は、囲りの水田に倉庫の影を映す、のどかな田園の中にあり、市民に国立倉庫と呼ばれて親しまれてきた。しかし、現在(昭和63年当時)は都市計画により、市役所、農協会館等公共施設が隣接し、市内の中心街に変貌しつつある。このため、貨物専用駅が佐賀駅西方約4㎞の所に新設されるとともに、35年の歴史をもつ専用側線は撤去さ...

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