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「遺跡・史跡・跡地」「金立校区」「遺跡・史跡」は4件登録されています。

  • 金宝山一乗院観音寺遺跡

     金刀比羅山の南麓の階段式畑地を成しているのが其の跡である。寺跡の畑地と山との境界に当山10世の住職権僧正真舜の石像(坐像)を果せた石塔が遺っている。真舜は江戸一乗院14世当山中興の祖であり、金刀比羅神社の鳥居並に石段はこの時代に修築されたものである。  寺跡を語るものとしては寺跡の南下より東にかけて寺の馬場と呼ばれる地名が残っている。これは昔の名残である。更に大門の地名は昔は此地は熊山と呼ばれてい...

  • 金立町内の遺跡分布

     金立町内には、すでに発掘、調査等で判明しているだけでも20個所に及ぶ古墳群や、遺跡が存在している。知られているもの、知られていないものを、次に一覧してみると 1 西隈古墳 2 権現原遺跡 3 銚子塚古墳 4 三郎山遺跡 5 長尾遺跡 6 大門西遺跡 7 北山遺跡 8 大門遺跡 9 小坪山古墳群 10 六本黒木遺跡 11 乱斗山古墳群 12 大門古墳群 13 黒土原古墳群 14 来迎寺遺跡 15 三本黒木古墳群 16 三本黒木窯跡 17 久保泉...

  • 大門遺跡

     字大門にある、金立山のふもとで、標高60m前後の低い丘陵地にある複合遺跡である。  金立川、巨勢川、上流の小川を挟み、西方には大門西遺跡がある。昭和47年に2次にわたる調査が行われ、縄紋時代前期・(曽畑式)。後晩期の土器・石器・土製品、弥生時代のかめ棺墓や時期および性格不明の配石遺構が検出された。縄紋時代の遺構は、かめ棺墓によって破壊され、石斧・石錐・石さじ・十字形石製品・石錘・磨石などが出土してい...

  • 大門西遺跡

    金立町字十一本杉あたりにある遺跡  金立山ろくから佐賀平野へ向って延びた舌状丘陵の基部・標高40mにあり、弥生時代前期末の集落跡と古墳16基からなる複合遺跡である。   縄文時代各時期の土器片が出土している。  遺構としては晩期のかめ棺墓と土境など各1基がある。  弥生時代の遺構は、前期末のもので、竪穴式住居あと4棟、貯蔵穴27基、その他の竪穴2基がみつかっている。  住居あとの平面形はいずれも円形で、直径3...

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