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「民俗・芸能・習俗」「開成校区」「行事」は8件登録されています。

  • 鬼火祭(ホンゲンギョウ)

     1月7日朝早く餅を焼いて食べる。昔、清涼殿で青竹をたき餅を焼いた。これは全国的な行事となり、鬼火たき、鬼(悪魔)退治の意味がある。ホンゲンギョウは鬼火焚きとかドンドン焼きとかさまざまな名前で呼ばれている厄払いの行事で、各地で行われていた様で、どの地方の行事も趣旨は同じようである。  旧新村地区(開成2〜6丁目)では昔からホンゲンギョウと言って1月7日の早朝に当時は隣家との距離もあり早朝なので人の通...

  • 三夜待

     毎月の23日を中心に開かれる地区の親睦会のことである。普通三夜待の神は女神だから男がまつり、六夜待は男神だから女がまつるといわれる。三夜待の石碑の前に酒肴をささげ、おさがりを戴いて四方山話に花を咲かせた。旧新村に限らず、三夜さんや三夜待ち等と言って、佐賀地方の風習行事で、何処でも行われていた。  先ず、年齢、職業等比較的環境の似かよった人々で仲間を作り、月に1回程度輪番制で、当番の家に集まり、会...

  • 水の神祭り

     江頭地区では、5月に各戸まちまちだが堀辺の洗い場(たなじ)にお供えをして、特にかわそう(河童)にとられないように祈る。  家によっては、竹の子を料理の中に加える。それは、河童がこの家の人はこんなに硬いものを食っているのかと恐れて近づかないようにという思いをこめている。現在は行われていない。

  • 淀姫神社へお礼参り(八朔お籠り)

     江頭地区では、淀姫神社へ御礼参り(別名 水神楽詣)をし、御神楽を奉納、御神酒開きをすることが毎年の慣例になっている。  これは、淀姫神社の御神徳により農業用水に対するお礼と秋のみのりを得た喜びを感謝する行事である。  この時、神扉を開き、金の御幣を拝する。この特典があるのは、元亀元年(1570)8月、大友軍が佐賀に攻め寄せてきたとき、鍋島の軍勢が夜襲を敢行する事になり勝楽寺に陣揃いをした。このとき、...

  • 追悼会

     追悼会は、毎年10月1日に江頭地区の行事として、1年間に他界した人を宗派に関係なく長寿庵(禅寺)で行われていたが、現在は江頭公民分館で長寿庵の住職を召いて、行われている。

  • 村御祈祷

     旧新村では、毎年5月に御祈祷といって一家の戸主(世帯主)が権現社の神前に集り、神主さんを呼んで、村民の無病息災・五穀豊穣を祈念した。その祈りを込めたお札を村の四方の入口に立て、外部より病魔や災難が村内に進入しないように願った。  その後自治会長宅に集まり、お神酒開きがあり、村勘定(現在の総会)が行われていた。 昭和50年頃より自治会がマンモス化して昔の様には、対応できなくなったので、役員の代参に変わ...

  • 堀干しやごみ揚げ

    現在の堀はコンクリート護岸が施され、昔の面影は殆どなくなったが、昔は両岸には柳の木や芦が生い茂り、堀の幅も広く、深くて流れは清く、鯉や鮒、鯰などが沢山棲んでいて、夏は魚釣りドウケやウケ等の漁具を使っての魚取りは村民の楽しみだった。  堀は所々に堰きで区切られ、色々と堀の名前が付けられて居て、管理は両岸の水田の持ち主で管理と決められていた。  秋の供日が近づけば堀の持ち主が気の会った人を集めて堀干...

  • 荒神さん相撲

     八戸溝では、毎年12月9日の夜は小学生から高等科の生徒までが「荒神さん相撲」といって、村中を回って相撲をとっていた。先人によれば、「荒神さんは、力が強くて相撲が好きであったから、小さい頃から相撲をとって各家を回っていた」と口癖のように言われていた。その言葉から推測すると、明治時代から昭和30年代までは続いていたようである。「相撲ば取らせてくれんかんた」と言って、夜の7時頃から10時頃まで寒い...

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