検索結果

「自然」「鍋島校区」「河川・水路」は3件登録されています。

  • 嘉瀬川

     脊振山地に源を発し、佐賀平野を南流して有明海に注ぐ。115㎞。古湯、熊川の温泉地の渓谷を経て、川上峡の渓谷は風光明媚を誇り、佐賀、唐津、前原を結ぶ交通路となり、川上神社は扇頂に位置し、古代肥前の政治、文化の中心がここに立地していた。  近世の初期成富兵庫の築いた石井樋から分流した多布施川の水は、佐賀城下の日常用水や農業用灌漑水に用いられた。  なお嘉瀬川の本支流の河川が舟運による人や荷物の運搬に利...

  • 多布施川

     古くは嘉瀬川の本流であったと考えられている。江戸時代初期成富兵庫は、石井樋という制水口を築造して現在の嘉瀬川に放流し、水量をコントロールして城下の内堀や周辺の飲料水、更には流域の灌漑用水を確保した。 多布施川では川運によって川上から城下まで人や物資の運送が行われていた。佐賀市内を流れる松原川もかつては清流で蛍もとび交っていた。  なお幕末に佐賀藩独力で製作した築地、多布施反射炉は多布施川流域に...

  • 鍋島大水害(28水)

    嘉瀬川はいつもおとなしくて、恵み豊かな流れであるが、昔から怒ると荒れ狂う本性を現わす暴れ川といわれてきた。 昭和28年6月24日から連日土砂降りの豪雨が降り続き、佐賀測候所始まって以来の月間雨量を記録したと新聞は報じた。水害が起こる数日前から田圃は浸水し、大人の膝あたりまで水嵩が増していた。各地区との間の田圃の畦道や農道も堀も一面湖と化し、ただ見えるのは堀端の大きな柳の木や高い樹木だけであった。田植...

総合検索
サイト内検索

ご利用案内
comodo ssl