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「物語・いわれ」「金立校区」「物語・四方山話」は3件登録されています。

  • 金立に生きる徐福の伝説

     徐福が始皇帝の命を受けて海上の神仙島に不老不死の霊草を捜しに出かけた話は中国最初の正史「史記」に明記するところで紀元前3世紀(200)頃の出来事である。  孝霊天皇の72年秦の始皇帝方士徐福をして東海に入り不老不死の薬を求めさせた。徐福は男女数千人を率いて日本にきて止った。徐福の一行は海路有明海に入り一度は竹崎に上陸したがその後沖の島を通って三重津に渡りつき金立山に向かったといわれている。  金立山...

  • 神代家と金立のかかわり

    ①神代対馬守宗元公の肥前落ち 豊後の大友親治は、度々筑後に進入し筑後の国を平定し支配していた。久留米城主に一族の高橋宗山をおき、文明12年蒲池宗雪、安武鑑政等も大友の支配下に入っていた。  筑前の大内義隆は、大友が豊後国に帰陣するすきをついて筑後に兵を進めたが、筑後の兵の結束がかたく、野望は果せなかった。  その後筑後は平穏であったが、文亀3年(1504年)ごろより蒲池氏・西牟田氏等は八女郡の福島氏を滅し...

  • 西の原さん伝説(西原観世音菩薩)

     昔、多久藩主の娘『おりん姫』というのがおられたが、家来と許されない恋仲となり妊娠したため、藩主は面目上これを見かねて家来に言いつけて処分することにした。その際父の藩主は娘の命を縮めることは心苦しいので、無言の内に意を含めたつもりで刀の鞘に「より」を結びつけて(ある説では高麗人参を結びつけ)家来に渡した(こっそり助けてやれとの意を含めて)。ところが家来は藩主の謎が解けず、ひたすらに主命大事と主...

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