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「物語・いわれ」「鍋島校区」「地名・とおり名」は2件登録されています。

  • 鍋島の起原

     高木瀬町東高木と鍋島町森田を結ぶ線、即ち標高5mの線が縄文中期の平均満潮位の線と考えられる。現在の佐賀市街地の大部分は湿地で、人々はこの等高線より以北に生活していた。次に弥生時代の初期になれば、標高4mの等高線が居住圏の南限だったことが弥生期の貝塚の分布から想像され、これはほぼ現在の国道34号線の付近になる。これで旧佐賀城下町の中心付近が海岸線であったということになる。だからこの頃までわが鍋島町は...

  • 鍋島校区から分離された経緯

    ・昭和44年9月  八戸南部地区の一部が新栄と変更された。 ・昭和46年12月  八戸溝地区の八戸川以東が神園に変更された。 ・昭和48年4月 八戸、坂井、深町地区が新栄校区へ移動し、児童も新栄小学校に転入          することになった。          八戸溝地区の鍋島第1団地・医大宿舎は鍋島小学校と新栄小学校の 自由選択地区となった。 また、八戸溝地区の児童は新栄小...

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