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[大和町][ 仏像]は4件登録されています。
大和町 仏像
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野口の三仏
野口林道を北へ約700m、柑橘園の大岩石に三仏体の座像が彫られている。昔から「ミダ、シャカ、カンノン」と呼んでいる。向かって右から阿弥陀如来、釈加如来、観世音菩薩である。大岩石にふさわしい大きさの仏像で、端麗で慈顔の様相を呈している。藩主光茂のころ、国家安穏を祈って佐嘉城の四周に弥陀・釈迦・観音の石仏を彫らせ祀ったとあるから、野口の三仏もその1ヵ所であろう。300年の星霜を経ているが、のみの跡もまだ鮮やかである。
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玉林寺の多聞天
玉林寺山門の手前両側に「阿吽の多聞天」と呼ばれる石像が建っている。多聞天は四天王の一尊で「毘沙門天」とも呼び、帝釈天の眷属である。 四天王が仏教守護の神とされているから、ここの多聞天も寺門を守る護法神であることには間違いない。 元禄16年(1703)3月吉日の銘があるが風化も少なく、鎧を着けた武人の姿はのみの跡も見事で、石像美術のうえからも貴重なものである。 「阿」とは口を開いて出す声、「吽」とは口を閉じて出す声で向かって左が阿、右が吽の姿である。邪鬼を踏みつけた忿怒(怒り)の形相と、常に怒声を発していかなる邪神をも近付けない 様相がよく表われている。邪鬼を踏まえた像は四天王の外に庚申さんの主尊である青面金剛にも見られるが、この邪鬼を「天の邪鬼」といい、これが暴れ出すと風邪がはやるから踏み付けているという説と、邪鬼は地震を起こす暴れ者とか、作物を荒す鬼とかいろいろの説がある。
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玉林寺十六羅漢
以前は玉林寺山門に十六羅漢の彫像が掲げてあったが、今は山門はなくなり彫像のみ本堂に移されている。作者は不明。 3月の澄み渡った月夜に羅漢達の読経の声を聞くという伝説があり「経読み羅漢」ともいわれている。
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実相院僧形の座像
木像の高さ31cm、膝張20cm、法衣の座像で膝裏に墨書銘がある。佐賀市北川副町木原山王の御神体で北川副町福満寺の先師朝覚上人が、元亀元年(1570)今山の戦火で焼失した実相院のお経会の導師を勤めていた時持参したものと言われている。朝覚は少弐元盛の家臣で、今泉播磨守と称した侍であった。主家の再興を計ったがならなかったため仏門に入り、天正14年(1586)52才で遷化している。