御舟小屋の跡

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御舟小屋の跡

■所在地佐賀市西与賀町相応
■年代近世
■登録ID167

本庄江岸の今津下より南へ約200mの所に位置している。佐賀藩第10代藩主鍋島直正(なおまさ)の構築したもので、現在野中蒲鉾店の裏、堤防の下江湖端の約7反有余の水田が繋船地の跡であるが、今はそれらしき遺構をみることができない。ここに浅行とする46挺櫓立の大船をはじめ数多くの船が停泊し長崎警備に赴く佐賀藩士の用に備えていた。鍋島直正(閑叟公)が有明海に狩遊に出られる時にもこの地から乗船されたものである。
明治初年には蒸気機関を備えた日進艦も停泊していた。この日進艦は明治2年オランダにて進水し翌年の3月に長崎に着いた佐賀海軍の精鋭で、3本マストに1本煙突で全長200尺(約60m)であった。重量は1.300トンを有し、アームストロング前装旋回、砲10門の大砲を備えたものであった。明治3年の5月船将・真木安左衛門以下乗船員と共に政府へ献艦され、帝国軍艦として佐世保港へ繋留されて明治30年頃まで新兵練習艦になっている。
繋船場であったため堤防内側の約1反の地に船具の倉庫を建て、また藩士の詰所があり侍数名が監督のため駐在していたといわれている。この御舟小屋のため今津方面は御用船手を勤める者が多く雇われていた。
御舟小屋跡の建物は昭和初年頃まであったが近年取り壊されその跡には標柱が建てられている。

出典:西与賀の歴史とその周辺p9

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