本庄の地名の起源 | さがの歴史・文化お宝帳

本庄の地名の起源

所在地 佐賀市本庄町
年代 中世
登録ID 700

出典資料から記載

平安時代になると土地所有の仕組みがゆるみ、有力貴族や寺社が土地を所有するようになり、荘園制度が発達した。平安時代後期になると佐賀地方でも与賀荘を含む多くの荘園が設定された。
与賀荘は、建長2年(1250)には与賀町からその南部に存在していたことが史料(『東福寺文書(京都)』)などで確認されている。正応5年(1292)の史料(『河上神社文書(大和町)』)には、与賀本荘120丁、与賀新荘600丁との記載がある。
建長2年以降与賀荘に近接してできた荘園を与賀新荘(鍋島町新庄一帯)と呼び、もともとの与賀荘を与賀本荘としたことが分かる。この与賀本荘から「本荘」を地名にしたことが考えられる。荘園の名残りの地名と言える。
明治22年(1889)の市制・町村制施行に伴い、村名を「本荘」から「本庄村」と公示したことから「本庄」が用いられるようになった。
出典:かたりべの里本荘西分P.1本荘の歴史P.1ワークショップ中野和彦氏寄稿

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