梅谷山 円光寺 | さがの歴史・文化お宝帳

梅谷山 円光寺

所在地 佐賀市三瀬村大字藤原1236-イ(中鶴)
登録ID 1306

出典資料から記載

明治14年長崎県庁さしだしのものによれば、元吉野山の麓字寺谷に在り、永禄中神代勝利此の寺に寓す、開基不詳、寛永中神代某を僧となし、了伝と号す。寺を今の地に移し、称して開基となす。
とある。正しく寺谷に寺趾あり、この地はもと脊振山天台宗の末寺、梅渓寺であった。中途他の諸寺と同じく禅宗曹洞派に属していたのであるが、浄土真宗西本寺派・神埼町の枝ケ里真光寺の配下にあったのであろう。鍋島文庫『一向宗由緒』にはその末寺として差し出されている。『延覚寺文書』では、開基は龍永となっていて了伝は2世である。

梅谷山 円光寺 西本願寺末寺 
住職代々 開基 龍永 第2世 了伝 第3世 玄道
     第4世 順海 第5世 養恩 第6世 恵恩
     第7世 恵槃 第8世 恵純 第9世 了天
     第10世 誓鎧 第11世 龍海 第12世 顕正
     第13世 至道
尚十三世たるべき顕道は戦死をされている。

同寺喚鐘には左の通りに記してある。
梅谷山 円光寺鐘銘並序
 夫梅谷山圓光精舎、松平丹後守光茂公之家臣、深江長青居士専為薦公之嫡女法名?樹院良嶽壽辰大姉之冥福処草創也。
 婁正星霜棟宇將撓勢難久仍是故投衣資悉改創諸堂歉銅鐘未備而令予従要門募諸人新鋳銅鐘因為之銘日。
鋳成洪器 高掛梵空 暁天吼月
晩来喚風  声離哩鋳 偏満大空
聞者発信 礪反聞切 聞性明処
宜證圓通 是慈至宝 永伝無窮
 岩 元緑13年龍集康辰10月吉旦
肥州神埼郡梅谷山円光寺
 九世現住當寺沙門了天敬記
化主梅門鑑寺惣檀那中助化上藤原山中
出典:三瀬村史p738

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