養福寺 | さがの歴史・文化お宝帳

養福寺

所在地 佐賀市水ヶ江4−3−29
登録ID 2418

出典資料から記載

 安住山養福寺は浄土真宗本願寺派の寺院で「一向宗由緒書 乾」によると、慶長年中(1596〜1614)に陽泰院(鍋島直茂継室)に奉公していた田崎氏の妻が、一子嘉右衛門の柳川陣へお供した際に戦死後、尼になり「妙忍」といった。主君の菩提と夫子の後生を弔うために一宇建立を願い出て認められた「御建寺 御城下八ヶ寺」のひとつ。所在場所は鷹匠小路ではなく「虎次小路」と記されている。尚住職は代々田崎氏が勤めている。
御城下八ヶ寺とは、願正寺(高木町)・真覚寺(駄賃町)・正蓮寺(高木町)・蓮生寺(岸川町)・正運寺(高木町裏)・専光寺(下今宿町)・妙念寺(愛敬島村)・養福寺(虎次小路)のこと。

 「一向宗由緒書 乾」(鍋700−2)
御建寺 御城下八ヶ寺
 一 虎次小路 養福寺
    号安住山 法官無
    慶長年中田崎氏之妻 陽泰院様へ御奉公申上 一子嘉右衛門柳川御陣御供仕戦死之後
    蒙 御免尼ニ成妙忍と申候 主君之御菩提次ニハ夫子之後生をも弔わん為に一宇建立
    を奉願候処 陽泰院様其志を御感被遊 如願被仰付旨従 陽泰院様久池井弥右衛門を以
    被仰渡候 右為御礼 御城罷出候節手織の木綿壱反串柿一連差上候処殊之外御笑御悦
    被遊候由 右之謂を以不相替毎歳年始ニ御礼申上来候 但御礼物白麻壱束弐本能扇子 
出典:佐賀県立図書館鍋島文庫(一向宗由緒書 乾)(鍋700−2)

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