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天満神社と牛島教正
近衛天皇の仁平元年(1151)菅原道真の末孫、牛島教正は養父郡山浦郷古野と巨勢庄牛島村を領有し、牛島の地に館を構えた。 佐賀市東田代町の天満宮を始め、この地方の祖神として所々に鎮護の神として祀らせた。今日兵庫町に天満神社が多いのもこの理由によるものだろう。 明治以後、巨勢川西地区の天満宮は西中野天満宮に、東地区は伊賀屋天満宮か若宮の老松神社にほとんど合祀されて減少したが、各地区に今なお神社や神社跡が残っている。
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中野實翁誕生地
上飯盛の南端を東西に県道相応津から諸富線の道路沿いの松の木立ちの中に、中野實翁の誕生地の記念碑が建っている。 この記念碑は大正11年(1922)3月に建立された。当時老朽化した本荘尋常高等小学校の改築問題で、財政的に貧困の極みにあった当時の本荘村に、中野實翁が、その時の金で大枚5萬円也の寄付を申し出られ、それにより講堂、校舎を新築することが出来た。本庄村民は翁の功徳を称えて、本庄小学校校庭の一隅に、中野實翁頌徳碑を建立し、また生誕地にも記念碑が建てられた。 實翁の父中野龍渕は飯盛八幡社の座主であり、明治7年(1874)に東与賀町下飯盛に八幡社を御遷座するにあたり、翁は私財をもってこれにあてる。下飯盛区民は浮立を打ってお迎えする。神社前参道には、中野實翁表彰碑が建てられている。(昭和10年(1935)5月建設東与賀村)