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導善寺前方後円古墳
史跡
導善寺前方後円墳は池上集落の中ほどにあり、全長60メートル、一段の前方部を西側にとり、幅20メートル、長さ23メートル、高さ1メートルを側り、後円部は2段で径38メートル、高さ4メートルを測る。築造年代は、5世紀前半と推定される。前方後円墳の発生については不明な点が多いが、中央政権の成立と大きくかかわることなどから、大和における古代史の謎をとく大きな鍵の一つと思われる。また前方後円墳という珍しい墓型を将来のため保存、活用することは大きな意味をなすものと思われる。
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正里英彦山権現二十三夜刻像塔
文政三年(1820)十一月廿日 (刻像) 尊像 月、瑞雲 (造立者)久米、成富外 割石塔 二十三夜に講仲間が集まり、勤行(仏前で読経などお勤めをすること)や食事を共にし、月の出を待つ行事を、二十三夜の月待または三夜待と言い、毎月の二十三夜に行ないました。刻像は勢至菩薩が多く、像は両手を合掌したものが普通であります。 この二十三夜さんは、昔は天照皇大神塔と共に正里英彦山権現の境内にあり、疱瘡神として有名でした。 縁日には八戸町、道祖元町等の市内から参詣人が多く、藁つとにゴックウサン(にぎり飯)と豆腐、蒟蒻を入れて、境内の竹にさげて願いをこめ供養しました。その縁日には屋台店まで出て、賑わったそうです。 この祭りも天然痘の予防によりいつしかなくなり、今では正里区の東の入口に移転して、もろもろの悪疫を防ぐ守護神の役目を果しています。