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常照院
当山は妙光山本善寺と称し、永享元年(1429)9月九州探題(幕府から地方に派遣された、政務、訴訟、軍事をつかさどる地方長官)の千葉胤継の副将である兵部大輔石井越後守忠国(藤原鎌足より23代目)が開山に京都大本山本國寺門流本立院日字上人を迎え創立した。 元亀元年(1570)忠国より5代の孫、兵部少輔石井常延(鍋島藩祖直茂の妻陽泰院殿の父)は、石井家の城邸を移転してその跡に、大伽藍を建立した。天正8年(1580)12月5日常延が没した。法号は、常照院殿常祝日教大神祗と称し、元和7年(1621)法号を取り、常照院と改称した。 以来明治維新廃藩置県に至るまで、鍋島家の祈願所並びに准菩提寺として寺録62石5斗を給わり、永世修復造営の恩恵を受けた。 現在の堂は、明治44年の春に竣工した。また大正4年(1915)に御大典記念として、一切経蔵並びに附属品図書館を建立した。 当院には、紺紙金泥(紺色に染めた紙に金泥で仏画を書いたもの)の光明皇后御筆玄梁院殿の出山釈迦絵像・人丸・須磨明石の、三幅一対の軸物その他宝物、什器等非常に多かったが、数度の火災にあい、焼失したものもあり、陽泰院殿の色紙短冊その他の宝物が、今なお多く残っている。
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綾部神社参り
綾部神社は中原町原古賀にあり、祭神は、応神天皇、神功皇后、住吉大神、武内宿禰、風神(級長津彦神、級長戸部神)で風の神様として有名である。水田の仕事の合間をみて九州一円よりの参詣(さんけい)者があり、7月15日の夏祭りを旗上げ祭りと名付け、境内にある大公孫樹(御神木)に真竹の先に麻の旗をくくりつけて上げ、その旗の巻き具合で、その年の稲の出来ばえや、大風が吹くか、吹かないかを占うようになっている。10月の旗下しまでひっきりなしの団体参詣があって門前には接待茶屋があって賑合を見せている。今は昔程の賑合はないが、金立山さん拝りは少なくなったがここはまだ参詣客も多く、綾部餅が有名である。 地区でも全農家が揃ってお参りしお守り札を載き帰って神棚に祀るようになっている。 今ではこの綾部さん参りがただ一つの農村のレクレーション行事になっている。