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佐賀馬鉄
明治37年2月28日に、佐賀馬鉄が創立されている。10月20日に、初めて片田江から諸富間に馬鉄が走り出し、翌年には、佐賀駅まで延長された。最初は、大崎の吉原病院付近に会社が設立され、12人乗りの客車十数台と挽馬20頭が用意された。 諸富から明治橋の間を10区に分け、1区の乗車賃は、1銭5厘であった。 佐賀駅から諸富まで2里20丁(約8.2km)を、約1時間かかって往復した。 資材は、東京馬鉄が電車と入れ替えたものを譲り受けたので、車輪が擦れてよく脱線し、その上子ども達が線路に石をのせたりしていたずらをしていた。 現在は、吉原病院の所に、佐賀馬鉄の記念碑が建てられている。
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妙玉寺鍋島主水茂里の墓
鍋島主水は、石井安芸守信忠の嫡子である。鍋島直茂が40歳になっても男子がなかったので、茂里の器量を見込んで、実子伊勢龍姫の婿養子とした。後、勝茂が誕生したため、茂里には別に神埼郡西郷村の旧地3千石を与えて一家を立てさせた。 幼名を太郎五郎、次いで左衛門大夫平五郎と改め後に主水佑茂里と称した。安芸守茂賢(深堀)の兄である。 慶長15年(1610)8月9日没 行年42歳 法名 見性院殿法山白妙大神袛 伊勢龍姫 寛永20年(1643)7月23日没 法名 月窓院天林妙清大姉(墓は妙玉寺にある) なお妙玉寺には勝茂公より、鍋島主水墓所に供養米を賜わった古文書が保存されている。