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吉祥山 萬福寺
宗派 臨済宗南禅寺派 円通寺末寺 由緒 初め龍門際水禅師が開いた禅庵だったが、次代字堂禅師当時を拡張として開基とし、寺名を萬福寺とした。字堂禅師の死去が永正4年(1507)1月4日であるので、創建は文明年間(1470年頃)とみられている。寺院の建物は土地の豪族合瀬因幡守右衛門尉、法名宗智雄本大禅定門建立とされる。三瀬城主神代長良の子千寿丸が手習いに通った寺で、虎山和尚の筆塚がある。千寿丸とその妹が若くして死去したので、その墓がある。
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泰長院(臨済宗南禅寺派)
1536年(天文5年)龍造寺胤久によって建立されました。三代住職の是琢は、鍋島直茂に従って朝鮮の役に従軍し、武運の祈祷や朝鮮との文書による通訳の事務を担当しました。 現在、龍造寺隆信や鍋島直茂・勝茂らの書状、文禄・慶長の役における朝鮮側諸将から鍋島直茂への書状など県重要文化財12巻105通の文書が残っています。 この他、朝鮮の役、在陣中の是琢の日記も貴重な資料として残っています。また、ここに反射炉の築造で有名な杉谷雍助の墓もあります。