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佐賀城本丸の建物役割
1.御式台…外からの客の応接 2.外書院…謁見の間 3.大 溜…登城した家臣たちの謁見場 4.大書院…選抜された人の謁見場 5.御料理間…饗応の場(きょうおうのば) 6.請役所…藩政の中心で請役家老のいる所(龍造寺家系の多久・諫早・武雄・須古の各家が交替で勤めた。) 7.能舞台・楽屋…作られたかどうかは不明 8.御座間(お居の間)…藩主の居間。執務室 9.御懸硯方(おんかけすずりかた)…藩主の手許金を司る。軍事費に使用された。 10.長局(ながつぼね)…お局の居室 11.御絵図方…田畑、宅地の測量 12.御付物方…什器等備品及び財産の管理
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正法寺所蔵大般若経 一括
重要文化財
正法寺は、佐賀平野のほぼ中央に所在する臨済宗東福寺派の古刹(こさつ)で、佐賀地方の代表的な武士の一家であった高木氏の菩提寺として鎌倉時代から室町、戦国時代にかけて有力な寺院であった。 この写経は、もと縦26.8センチメートル、横13.0センチメートルの折帖装(おりちょうそう)であったが、風水害によって重なっていた紙と紙とが密着してしまい、紙塊(しかい)となったものが多い。書き写された時代は平安末期~鎌倉初期と推定されるものから江戸時代の補写のものまでに至っている。使われている料紙(りょうし)(文書を書くのに用いる用紙のこと)は楮(こうぞ)と雁皮(がんぴ)のまぜすきを黄蘗(おうばく)で染めたものと思われる。 中は罫高(けいだか)20.3センチメートル、罫間(けいかん)1.9センチメートルの罫線に1面7行、1行17字を典型的な写経風の整った書体で書いている。 巻末の奥書きには「大般若波羅密多経巻第二百五十一 明徳五年甲戌三月一日 天叟書」や「東大寺以正蔵院本一校了」など、書写の年代の記されているものや、東大寺記録によれば建長5年(1253)ごろまで存在したという東大寺子院の正蔵寺の本によって校正されたものなど興味深い貴重なものがある。