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乙護社
乙護社の祭神は乙護法善神で、天竺(印度)の主、徳善大王15番目の王子である。法力のために使役され、又仏法を守護するために示現する童形の鬼神を「護法」という。「乙」又は「若」というのは幼童的な名を表わす接頭語である。乙護法は神通自在の人で、龍馬に乗り、虚空を駈けて東方に去られ、天竺の鬼門に当たる脊振山にとびつかれた。(この山はこの時、龍馬が背を振って3度空に向かっていなないたので、これは瑞相だということで脊振山と名付けられたとか) 徳善大王の御后は弁財天の化身(生まれ代り)である。この大王夫婦は王子との別れを悲しまれ、龍樹菩薩に王子の行衛を尋ねられた。龍樹は「これより東、日本扶桑の国の西に当たる肥前の国背振山に垂跡されて(仏が衆生を済度するため本地から身を現わす)、衆生利益の大願を成就された」と答えた。 その後、徳善大王・弁財天・乙護法らは仲よく脊振山の神に祭られるようになった。伝教大師が渡唐の時、この乙護法善神は「色赤くして鬼神のごとし、左の御手に鉄の杖をつき」現われになったという。 (以上肥前州古跡縁起より抜粋要約) この乙護法善神を祀ったのが大願寺の乙護社であり、大久保のは弁財天乙護社となっている。
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円照寺
山号 光明山 本尊 聖観世音菩薩 創設年代 享禄年間(1528頃) 開基 天亨 沿革 鹿江に築かれていた龍造寺隆信の遠縁にあたる鹿江遠江守兼明公の館に近く、兼明が菩提寺として、円照寺を創建した。龍造寺家兼の弟、天亨和尚を請して開山とした。その後、十二ヵ寺の末寺が建てられたという。また、今古賀天神社は当寺の鎮守として建てられた。