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日子神社の大神宮塔
日子神社境内の北側に2塔設置してある。2塔共に「天照皇大神宮」の銘が刻まれている。 東側の塔は、建立年代は、「元禄」の文字しか読み取れない。年代は、1600年代に建てられ、下の部分に、施主15名の氏名が刻まれているが、土中に埋まり読み取ることが難しい。 西側の塔は、さらに年代が古く、天照皇大神宮の銘がやっと読み取れる程で、施主名も10数名刻まれているが風化して読めない。 県内では、伊勢皇大神宮を信仰する伊勢講が盛んに催されるようになり、講仲間では、資金を積み立て講金を路銀にあて、講仲間の数だけ神札を受け、帰村して配付した。また、路傍の田で新しい稲の品種を見かけたら持ち主から種籾をもらい受け、上方の文化と共に全国に普及していった。 境内にある大神宮塔は、代表で参詣に行った記念塔として建立したものである。 伊勢詣りは別名「おかげ詣り」と呼ばれ、60年毎に爆発的に流行した。これは、当時の封建政治に抑圧された庶民の対抗的な集団行為ともとらえられた。
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大堂神社
祭神 事代主神、大山祗命、豊玉姫命、三女神、平将門 沿革 当社は人皇第91代後宇多天皇の御宇肥前の太守小田祐光は夢に老翁の弓箭を手にし告げて、吾はこの地鎮守の神、故に国土を衛護し万民を鎮護すること久しと、その声雷の如く驚きさめて室外を見れば白羽の矢がありこれを納め、その部下諸富修理太夫も同じ霊夢をみたので両人相談して太宰少弐政祐にきいたところ政祐も同じ夢をみたと、これは正しく神勅であるとし、社殿を建てこれを祀り大堂六所大明神と称した。時に弘安2年11月29日で社田53町余を拝領した。 鍋島日峰公蓮池に居城し氏神として敬信し寛永5年(1623)現在地に社殿を建立した(※)。これが今の大堂神社である。 明治4年2月15日村社に列せられ、大正7年8月2日郷社に昇格した。 明治39年4月神饌弊帛料供進指定 宝物 銅造明神鳥居(昭和46年6月23日佐賀県重要文化財指定)、そのほか絵画、石造物の狛犬、唐獅子等がある。 その他 境内社:樫森稲荷社、厳島神社 例祭:春祭4月29日、秋祭10月29日、祈年祭2月17日 ※『佐賀県近世史料第十編第一巻』p168によれば、「寛永十四年、勝茂様御代、只今之場所へ被為移」とあり、寛永14年(1637)勝茂公の代にこの地に移したとされている。