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三夜待と六夜待
三夜待の神は、女の神だから男がまつり、六夜待の神は、男の神だから女が祀った。「三夜待」は毎月23日を中心に開かれた。嘉瀬では、江戸中期以降に、刻像塔が多く建てられている。文字は、二十三夜・勢至(せいし)菩薩・月読尊・二十三夜尊などである。月齢の二十三夜を「忌み籠りの日」と定め、月の出を拝む講のことを「サンヤマチ」と言った。石碑の前に酒肴をささげ、おさがりを戴いて、よもやま話に花を咲かせた。 「六夜待」は主婦たちが、毎月26日の夜に集まった親睦会のことである。 23日、26日ともに、月齢の暦の日付けであった。今でも行われているところが多い。
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実相院絵画 二幅
重要文化財
脊振山地が佐賀平野に開ける嘉瀬川中流右岸の小高い所に、真言宗御室派河上山実相院がある。その創建は寛治(かんじ)3年(1089)、河上神社社僧円尋(えんじん)が河上山別所を開いたことにさかのぼるとされる。 2幅の絵画は、いずれも愛染明王を描いたものである。愛染明王は、人の欲を菩提の心に変える力をもつ仏として平安時代から盛んに信仰された。 愛染明王像は身体は朱色で3つの眼と6本の腕をもつ通形の図像で、絹本着色、縦92.5センチメートル、横40.5センチメートルの仏画で、繊細な線と美しい彩色とで丁寧に描かれた佳作であり、本格的な絵仏師の手により室町時代に製作されたと考えられる。 両頭愛染明王像は、中世期に多くあらわれるようになった異形像の1例で、愛染明王に不動明王を合体させたものである。頭上の円相中には金剛薩埵の三昧耶形(さんまやぎょう)である蓮華上の五鈷杵(ごこしょ)が描かれ不動明王の眷族の矜羯羅童子(こんがらどうじ)と制吒迦童子(せいたかどうじ)が愛染明王の持物である弓矢を構えそれぞれ獅子と象に乗って従っている。 絹本着色、縦99.8センチメートル、横36.8センチメートルで、制作は室町時代と考えられる。