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華蔵庵跡
史跡
寛文9年(1669)、佐賀藩2代藩主鍋島光茂による円蔵院住職村了和尚の処刑に抗議して高伝寺11世湛然和尚は筑前へ出国しようとした。光茂は国内に留まるように願い、松瀬の地に隠居寺として一宇を建立し、寺地7反余(70アール)、山林4町5反(4.5ヘクタール)を附して10石を扶持し、華蔵庵と名づけて高伝寺の末寺とした。湛然和尚は晩年をこの庵で過ごした。 「葉隠」を口述した山本常朝は、華蔵庵で延宝7年(1679)4月3日に、湛燃和尚から血脈を受けた。湛然はここに足掛け12年住み、延宝8年(1680)11月10日に没した。
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大財地蔵さん
大財3丁目信号(大財通り)を西に向かい、左手2本目の路地を入ったところに、2体の地蔵菩薩と2基の石碑が寄せられています。向かって左から2番目の地蔵菩薩坐像は、右側面に「明和五年秋彼岸」とあり、明和5年(1768)の建立です。左側面には「願主宮嶋氏 同施主中 廊善」とあり、台座には「三界萬霊」とあります。三界とは私たちが生まれかわり往来する世界のことであり、欲界(欲の世界)・色界(物質の世界)・無色界(精神の世界)の三つの世界を表し、万霊とは衆生ありとあらゆる精霊のことで、すべてのものを供養するための塔という意味があります。 また、向かって左端に同じく地蔵菩薩坐像が鎮座し、右側に2基の石碑がありますが、いずれも記銘などはなく、詳細は不明です。 設置された看板には「お願い事を何でもかなえてくださる有難いお地蔵さんです」とあり、大財地区ではよく願い事が叶うお地蔵さんとして親しまれています。