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寶琳院
【山号】恵日山 【宗派】天台宗 【本尊】聖観音菩薩 和銅4年(711)行基建立と伝えられ佐賀城下鬼丸町の南部にある。龍造寺氏の本拠に近く深いつながりをもっていた。長く衰微していた龍造寺氏を龍造寺康家が復興した。龍造寺の家系図によると、明応年間(1492〜1501)に水ヶ江城の館に移った水ヶ江龍造寺氏の祖康家の4子澄覚(家兼の兄)が開山し、住職となった。その後歴代の住職は龍造寺家から出た。2代目は家兼の孫にあたる豪覚であり、また豪覚の兄周家の子である胤信(隆信)は7歳で出家して寶琳院へ入り円月(圓月)と称した。のち還俗して五州二島の領主とよばれるほど勢力を培った。
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佐賀の役招魂碑
明治7年佐賀戦争で戦死や処刑された江藤新平、島義勇ら216柱を弔うため明治18年に建てられたものである。明治6年司法卿当時、征韓論を唱えて下野した参議の江藤新平は佐賀に帰り、征韓党を組織した。また秋田県令島義勇も職を辞して佐賀に帰り、憂国党を組織した。ともに征韓論を強く支持し、勅許を得ようと動きまわった。一方政府は佐賀の不平士族を鎮圧するため岩村通俊を佐賀県令に任命。岩村は熊本鎮台の兵を引きつれて入城した。これに刺激された両党士族約5,000名が政府軍と相対した。2月16日戦端は開かれ攻防10日余佐賀軍は敗退した。毎年4月13日、佐賀戦争の戦死者の霊を祀って慰霊祭が行われている。