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熊野神社
熊野詣でとは紀伊熊野三山に参詣することをいう。平安中期から白河、鳥羽、後白河、後鳥羽の各上皇などを中心とする貴族の参詣が盛んになった。鎌倉以後は武士、次いで一般庶民の参詣が始まり、全国各地から、時には数百人の集団参詣があり、江戸初期まで盛行した。この熊野神社もその頃この地区の人々が詣出して分神を祀ったものと思われる。 拝殿の横に祀られている天照皇太神宮の碑に造立年代が刻まれている。これによると寛永2年(1625)2月11日からこの地に造営されていることが判明する。 現在の鳥居は昭和50年12月に再建された。
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多聞院
山号 南里山 本尊 阿弥陀如来 創設年代 元亨元年(1321) 開基 満恵 沿革 正定寺開基の満恵が、晩年、正定寺を高弟重恵に付属して、当院を建立、隠居し、専修一行日課六万遍を策励し、115歳で入寂。以来600余年を経て現在にいたる。 寺宝等 毘沙門天、福徳天、吉祥天 【小出千之助】語学者、佐賀藩士小出光覩の五男、通称、光義。はじめ、佐賀城下八幡小路の蘭学寮で大庭雪斉、澁谷良次についてオランダ語を修める。幕府遣米使節団に随行し渡米した。帰国後、彼は蘭学寮頭取の大隈重信に英語教育の必要を力説し賛同を受け、藩も英語学校・藩学所を長崎に設けた。1867年、パリ万国博覧会が開催されると、彼は佐賀藩遣仏使節団の一人として渡欧した。小出家の菩提寺である。