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島義勇の墓
島義勇は安政3年(1856)鍋島直正の命により蝦夷、樺太の原野を踏破して調査し、現在の札幌市街の建設を始め開発に貢献した。明治7年(1874)の佐賀戦争の中心人物として江藤新平とともによく知られている。義勇は憂国党と称する佐賀の不平士族の党首に推され、同年2月、大久保利通のひきいる政府軍と戦って敗れ島津久光を頼って薩摩に向かったが、鹿児島で捕えられ故郷に護送され、嘉瀬の刑場に露と消えた。島義勇の墓は来迎寺の山門入って左側にある。墓石の表に楽齊島府君之墓、裏に明治七年甲戌四月十二日卒行年五三歳と記してある。
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忠魂碑
かつては日露戦役忠魂碑として建立されていたが、戦後その台石をそのままに、当時の鍋島直紹県知事の題字を刻した碑を立て、日清戦争から太平洋戦争に至る蓮池町出身戦没者の氏名を刻した石塔を配して、今も春秋に慰霊祭を行っている。