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本庄小学校忠魂碑
本庄小学校校庭の南に2基の石碑が建っている。昔は東に建っていたが、戦後現在地に移転された。 表面「忠魂碑」と東郷平八郎元帥の書によるものが刻まれている。 本碑建設発起人は 本庄村長 三好 勝一 本庄小学校長 香月 清次 ほか当時の各区の代表が名を連ねている。 「本庄村関係戦没者」 戊辰之役戦没者 野口 孫太夫 霊 西南戦争戦没者 川谷 次吉 霊 ほか210余柱の英霊顕彰の碑である。 本庄町では、毎年5月の第2日曜に、本庄町民による、慰霊祭が現在も執行されている。 忠魂碑の裏面の碑文は下記の通りである。 「上ニ費スベキコトハ、節義ナリ、以テ國ニ殉ジ以テ公ニ奉ズ 我ガ國燦然トシテ八紘ニ輝ク良ニ故アルナリ、惟ツテ皇國幾タビカ、大兵ヲ動カシテ、膺懲ノ義戦ヲ行ルヤ本村ノ勇士命ヲ鴻毛ノ軽キニ比シ躍シテ邦家ノ難ニ赴キ奮戦激闘克ク其面目ヲ発揮セリ、士人ノ榮譽何物カ之ニ如カン、茲ニ同志挙テ忠魂碑ヲ建テ英霊ヲ不窮ニ慰メ、勲績ヲ永勃(永劫か)ニ伝へントス洵ニ近代ノ美挙卜謂フベシ。庶義ノ後進子弟アル者ハ克ク先進ノ偉績ヲ追懐シ以テ益國家擁護ノ赤誠ヲ致サムコト」 大正十一年三月 従六位勲六等 千住 武次郎 謹撰
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木造阿弥陀如来坐像
重要文化財
本像は、全高72センチメートル、像高30センチメートルの上品下生(じょうぼんげしょう)印を結ぶ阿弥陀如来坐像である。頭と体は桧の一木造りで、別材の膝や手首先を寄せ合わせている。像の底に墨書銘があり、応永18年(1441)に造られ、川副の寺院に安置されたことがわかる。 光背と台座は別の仏像のもので銘文から、岩蔵寺(小城市)の虚空蔵菩薩像のもので元亀4年(天正元年・1573)に製作されたことがわかる。