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善左衛門井樋水路〜古江湖川
多布施川に架かる善左衛門橋傍の井樋が善左衛門井樋(伊勢町・川原町境)である。これからの導水が、川原町、伊勢町、与賀町精を貫流し、本庄町に流入する。県道東与賀・佐賀線(佐賀大学東)に沿い南下、鬼丸町に達し境橋が架かり、これから大井樋辺で古江湖川に繋がっている。ここまでが善左衛門井樋水路で、昭和56年(1981)に市はモデル水系に指定している。この下流が古江湖川となり、準用河川となっている。大井樋あたりを古江湖川上流部に、大井樋・末次・満穴・中島を西に、袋・八田を東に流路をとり、八田最南端の樋門を通して八田江に合流している。この古江湖川から流域内の堀(クリーク)へ分水が図られ、灌漑用排水の制水機能を果たしている。元々の八田江の上流部であったが、今の八田江の上流部が新しく開削されたので、旧河道となり、古江湖川となっている。
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御幸橋(みゆきばし)
唐人町土橋横から県庁通りに入る場所に架かる橋。 明治35年、明治天皇統監の陸軍大演習が熊本地方で行われた。その帰途、天皇陛下を佐賀にお立ち寄り下さるよう大隈重信を通して運動したが成らず、ご名代として小松宮彰仁殿下がお越しになられた。 殿下は、その年の11月に佐賀駅到着の後、竣工したてのこの橋を通られ、県庁の行在所に入られた。殿下がお通りになるため「御幸橋」と名づけられたものである。 当時の「親柱」が龍造寺八幡宮の社務所東に保存してある。