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楽音山 明春寺
宗派 臨済宗南禅寺派 本尊 薬師如来 由緒 明徳元年(1390)12月8日 明叟大和尚開山。当初楽音寺と号し天台宗に属した。その後多久千葉家一門の千葉明春剃髪して、当寺に入る(年号不詳)。それより楽音寺を楽音山明春寺と改称し、臨済宗に転ず、明春永正7年(1510)没。第3世香林応和尚のとき仏堂を改築。第10世大桃宣和尚のとき仏堂再改築。第12世不淺和尚自己の病気平癒を願い、信徒より淨財を集め大正14年5月、日切地蔵を奉祠する。寺内に森永杉洞の木犀句碑がある。 当寺は中世期火災に遭い記録焼失不明なるも明治維新のとき、隣刹なる光明寺および長勝寺の2か寺を合併した。その遺跡は荒廃して墓石は四散、雑木竹林化した。 寺宝 涅槃像掛軸(年代不評) 梵鐘 (鐘の銘文) 遵晦陟明 其母得子 君奉禹湯 臣仰元凱 肥前佐嘉郡久保田村 塵々訪誰 刹々問己 碑勤紺园园 銘寡文移 施主 担那中 大緣斯成 大功不宰 庻期妙峯 永聳滄海 菩提願主 村岡弥兵衛 松下市五郎 至宝妙光信女 文政二己卯十月十八日 徳島惣助 小比丘 宣大桃謹白 古賀作十 治工 谷口弥右衛門
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香椎神社四脚門 一棟
重要文化財
香椎神社は、安元3年(1177)ごろ、この地の地頭窪田因幡守藤原利常(くぼたいなばのかみふじわらとしつね)が、久保田村矢櫃の森という所に創建したが、天明ごろ現在地へ社地替えとなったと伝えられている。祭神は、神功皇后、応神天皇、住吉大神である。 この門は、神社境内に建つ1間1戸の四脚門で、神門あるいは楼門と呼ばれている。自然石を用いた礎石に角柱を建て、その柱に頭貫(かしらぬき)を通し、三斗(みつど)、実肘木(さねひじき)を組み、その上に桁を置いた簡単な構架である。屋根は切妻造の本瓦葦である。 しかし、その意匠は雄大であり、蟇股(かえるまた)やその他の彫物には、桃山時代の特徴である華麗かつ豪壮の余韻も認められる。この門の建立年代についての記録はないが、構造様式からみて、江戸時代初期ごろのものと推定される。 なお、全体的に荒廃の度がひどかったが、昭和37年に解体修理が施され、腐朽材は取り替えられ、後世の付設部分も取り除き、一新された。 県内には、この時期の様式を今に伝える木造の建造物はたいへん少ないことから、この神社の四脚門は貴重である。