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色絵山水竹鳥文輪花大皿 一枚 (附)色絵山水竹鳥文輪花大皿 一枚
重要文化財
安政2年(1855)に作成された『御寄附物帳』に、鍋島勝茂から菩提寺の高伝寺へ寄進されたものとして記載されている「青絵御鉢 内壱ツ裏銘大明嘉靖年製 二」に該当する作品で、2枚一対で伝来したものである。 1枚は中国景徳鎮の作品で、型打ち形成により口縁部を稜花形につくり、内外に呉須で文様を描いて色絵を施している。口径34.1センチメートル、高さ 5.1センチメートル、底径22.5センチメートル。 もう1枚は、景徳鎮の作品と同形同工の写しの有田焼。口径34.5センチメートル、高さ 7.0センチメートル、底径22.5センチメートル。 景徳鎮の大皿の高台内には、色絵の赤枠内に「大明嘉靖年製 福」の銘が染付けされるが、このような銘は、崇禎期(1628~44)ごろの色絵祥瑞と称される一群の作品の中に見られる特徴である。この作品で特筆すべき点は、高台周辺の釉の傷を色絵で塗り隠している点と内面の主たる意匠を色絵で塗りつぶしている点で、有田の初期色絵の、いわゆる古九谷様式のうち、特に青手様式に通じる技法である。 有田の大皿は、染付け文様は景徳鎮を忠実に模しているが、色絵の配色を違えている。底が少し垂れて全体に歪みが生じ、色絵も焼きすぎて赤が黒ずんでいて、焼成技術が未熟で試行錯誤している段階を示している。 景徳鎮の大皿とその写しの大皿が一対となって伝世していることは、有田の初期色絵が中国景徳鎮窯作品の直接的影響によって成立したことを示すものであり、肥前陶磁器を研究する上での貴重な資料といえる。また、鍋島勝茂の御道具であったことも考えられることから、肥前磁器の開発における藩主の関与をうかがわせる点も重要である。 (写真:鍋島報效会提供)
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八大龍王
わが国では、古くから水神の本体として蛇が崇敬されていた。中国文化の影響を受けて蛇と龍とが同一視され、水神としての龍が崇敬されるようになって、各地に「龍王」、または「八大龍王」の石祠が祀られるようになった。終末処理場の北方約100mの所で通称一本松といわれている。 古老によればこの地区は干拓がゆえに年中、干魃に悩まされているため地区の人々が、水神である八大龍王を雨乞いの祈願のため建立したといわれている。 この地区が圃場整備の対象地域になったため昭和57年丸目の福寿庵に移された。