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高木八幡下の宮
日の出1丁目3番に「高木八幡下の宮」観音堂がある。 ここには「天照大神宮」と「観音像」が祀られており、「天照大神宮」の右側に「八幡大菩薩」、左側に「春日大明神」と刻まれており、これには両方とも「寛政十年正月吉日・施主村中」(1798)の文字が見える。 この社は、高木瀬村社であった「高木八幡神社の下の宮」と言われていることから、江戸時代末期以前すでにこの地域が誕生していることがわかる。 この堂の改築は村内の有志によって昭和29年頃から積み立てが始められ、昭和39年頃に竣工している。 これには八丁畷地区は勿論、東高木からも多くの基金が寄せられている。 現在近くの居住者で毎年11月末の日曜日に、地区の助成を受けて祭りが行われている。
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武富 廉斎
武富廉斎は、「明人十三官」曾孫にあたりその名は咸亮(かんりょう)と呼び、寛永14年(1637)、白山町に生まれる。幼い頃に漢学を学び、若くして京都に赴き中村愓斎(てきさい)の門に入り、帰国後「鬼丸聖堂」の創始者・実松致斎を育てた。後に、藩主鍋島綱茂公より儒学者として召し出され、大財村「大財聖堂」を建立し藩内の文教に大いに貢献した。又、諫早の慶岩寺住僧より筑紫琴を学び、京都の公家よりは琵琶を学んだ。その琵琶の由緒が後水尾天皇の上聞に達し、御前にて弾奏の運びとなり譽れ相まって「孝鳥弦」の名を賜ったほどである。墓は、佐賀市呉服元町の「称念寺」にある。