新村の辻堂と供養塔
新村の辻堂と供養塔
■所在地佐賀市若宮2丁目
■年代近世
■登録ID1837
「牛島天満宮由緒記」によると、寛政3年(1791)提出された書類に、澤広山潮音寺の掛支配所として、高木新村、『辻堂』の記録があると、高木瀬町史には記載されている。
また、寛政9年(1797)三溝村・大興寺より出された書類には、高木新村「地蔵庵」の記録があることが、高木瀬町史にある。(355~6頁)
約1坪のお堂は、今も手入れされ、堂内には
○當庵開基徳雲院殿大年際雄大居士 享保12歳次丁末(1727)
○當庵開山月苓皎老大和尚 享保4己玄天(1719) と記された位牌が祀られている。(高木瀬町史・359頁)
「地蔵庵」跡は、現在の「きのや駐車場」辺りと推定される。
「辻堂」と「供養塔等の石像物」は、現在も保存されており、付近の住民の方がお参りをされている。
地域住民の永渕によれば、小さい頃、「地蔵庵」は荒れた尼寺と聞いていたが、そこで、秋の23日夜、お祭りがあっていて、父等地区民が参加していた。
現在の辻堂等の石像物は、地蔵庵の関連石像物ではないかと思われる。
出典:高木瀬町史 現地確認 地域の方永渕・東島・石松各氏の解説