観音寺

観音寺

■所在地佐賀市本庄町大字本庄123
■年代近世
■登録ID766

本庄小学校の南に大内旗山観音寺が建っている。本尊は行基の作と伝えられる如意輪観世音菩薩であり、宗龍寺(水ヶ江)の末寺である。
本尊は子安観音とも言い、遠くから多くの人が願かけに参り、そのとき魚や鳥獣を買い取って、命を助けて逃がしてやると、願いが成就すると言われている。
「観音寺物語」
観音寺は昔正里村にあったと伝えられる説もある。時に大宰少貳と中国の大内氏と戦を交える。(應永年間(1394〜)に始まる)龍造寺家氏公は少貳氏に従い、大内氏を討った。大内盛見(徳雄)はその頃上飯盛の飯盛城に住んでいた。
その時代に正里の西端に観音堂があり、その霊験著しく徳雄はこれを深く信仰し、仏前に旗を奉納した。よって村人はこれを大内旗観音と称した。
その後争乱は止まず無住となったが、元和年中(1615〜)に開運和尚が現在の場所に移した。
なお当寺には大内氏に関する遺物が多く、戦国争乱の状況が偲ばれたと伝えられる。

出典:かたりべの里本荘東分P.14本荘の歴史P.99

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