二十日正月
二十日正月
■所在地佐賀市川副町
■登録ID2017
二十日正月には、忌明けの者又は、年並の悪い者等は、この日をもって更に越年の式をあげる風習があったし(『沿革誌』)、仕事を休むのが通例であった。
子ども達は「ゼンゼンサンミャーイ」をした。「ぜんぜんさんみゃーい、ぜんさんみゃーい」と言って、通行人を繩を張って取りまき、銭をもらって歩いた。学校からも注意され、評判も良くなかったので、早く消滅してしまった。(広江)
子ども等は蛭子神を道ばたへかつぎ出し、道になわを張って通行をさえぎり、「銭々三枚」として蛭子様に賽銭をあげさせていた。もしそうしなければ通行をさえぎり、悪戯をする習慣があった。(『沿革誌』)
青年達はワッカモンナカマ(若者仲間)で酒宴を開いた。男子は14、5歳になれば、ワッカモン(若者)の仲間に入った。古参の者はチュウロウ(中老)といい、これらの仲間毎に酒宴を催した。初めて農家に年季奉公をする者はみしり合いと称してこれに加わった。ヤートスエ(灸すえ)をする青年達もあった。
出典:川副町誌P.760〜P.761